ユノ・フォグスター編

第一章【紫電の魔女姫は降臨する】

「むー、これでは城に入れんではないか。我輩が直々に赴いてやったと言うのに、ここの城主は無礼な奴め!!」


 見事な金色の髪を持つ男装をした少女――ユノ・フォグスターは、閉ざされた状態の観音開き式の扉を前にして憤慨していた。

 豊かな胸の下で腕を組み、彼女は不満げに桜色の唇を尖らせている。服装こそは貴族のが好みそうなものであり、首に巻いた純白のクラバットが動くたびにひらひらと揺れるのだが、それを除いても神々しいまでの美しさは隠せていない。――多分それを口にすれば、自信満々に胸を反らして「そんな当たり前のことを今更言うのか?」などと言うに違いない。

 閑話休題。

 ユノは早く帰りたかった。正直なところ、戦場に対してあまりいい感情を持っていない。疲れるし、なにより味方がユノに頼りすぎるというのも気に食わないのだ。


「――ふん、嫌なことを思い出してしまった」


 父に褒めてもらいたいが為に、連日のように戦場へ向かったあの時を。

 ユノの父親は、いつも妹ばかりを可愛がっていた。ユノも褒めてもらいたくて戦場で首級を挙げたが、父は一向にユノへ振り向くことはなかった。

 常勝無敗の姫君――かつてユノ・フォグスターは、そう呼ばれて女神のような扱いを受けていた。


「魔界貴族を女神と称するなど、愚かにもほどがあるだろうに。対極に位置する存在ではないか」


 それにしても。

 城に入れないとなれば、なにをすればいいのだろうか。扉が開かないのであれば鍵を破壊すればいいだけの話だが、なにやら城全体を覆うように透明な結界のようなものが張られているのだ。これでは城に触れることすらできやしない。

 仕方なしに元来た道を戻るユノは、そこで初めて戦場の状況を目の当たりにした。


「ふむ、これは酷い有り様だ」


 まるで他人事のように呟くが、事実その通りである。ユノはこの戦争になんら関係はない。

 銀色の甲冑を着た集団は押され気味の様子で、黒い甲冑を着た集団は銀色の甲冑を着た兵士を捕まえてはボコスカと殴って殺している。反対に黒い甲冑の軍勢めがけて砲弾が撃ち込まれるも、相手が怯んだ様子はない。

 まるで人形だ、とユノは判断した。

 魔族であるユノは、魔法というものを生まれながらにして手足のように使役しているので、魔力の流れをきちんと理解している。だからこそ、あの黒い甲冑の集団は人間ではないと分かった。

 血流の代わりに全身を巡っているのは、綺麗に澄んだ魔力なのだ。濁った魔力だったらもっと禍々しい雰囲気があるし、あれらを操っているのはとても美しい魔力なのだ。


「これほどの人形を操れるなど、大将はかなり厄介な相手だろうなぁ」


 まあ、それを倒すのは自分ではないのだが。

 ユノは退屈そうに欠伸をすると、ぐわっしゃーん!! という轟音を聞いた。口から心臓が飛び出しそうになるほど驚いたユノは、轟音の正体がなんであるか理解できた。

 ひしゃげた大量の瓦礫だった。

 分厚い雲に覆われた空には、二隻の巨大な船が浮かんでいる。材質は鋼鉄、さらにいくつも砲台が備えられている。


「知識では有しているが、あれは戦艦というものか」


 空に浮かぶ魔法陣から吐き出されているようだが、もしかしてあれから生み出されたのだろうか。だとしたらあの戦艦は魔力駆動ということになる。

 というか、先ほど撃墜されたのは戦艦か。一体どこの誰があんなゴツい戦艦を落としたというのか。

 すると、どこからかが飛んできて戦艦の司令部を正確の貫いた。動力源でも積んでいたのか、戦艦は見事に墜落する。地面の叩きつけられた戦艦は、一瞬にして瓦礫の山と化した。


「むむう、あれは誰がやったものだ。あのユウとか言う魔法使いか?」


 それにしては狙いが正確すぎる。

 魔法使いなら広範囲に及ぶ強力な魔法を使ってもいいだろう。現に、女神から貰った知識では、ユウ・フィーネという少年は強大な魔法をいくつも使うことができる魔法使いであるとある。あれが果たして強大な魔法だと言えるだろうか。


「あ」


 残った一隻の戦艦が、一斉に発砲し始めた。

 紫色の光を帯びた砲弾は、煙のようなものに突っ込んで消滅する。正体はなにか分からないが、あれはすごい煙のようだ。

 第二射が飛んでいくが、今度はそっくりそのまま紫色の光が弾き飛ばされてきて、次々と戦艦にぶち当たる。墜落にまでは至らないが、時間の問題だろう。

 その時、空を引き裂くようにして金色の光がすっ飛んでいき、寸分の狂いもなく司令部を貫いて、見事な白薔薇を咲かせた。

 甘やかな香りを漂わせ、最後の戦艦は墜落する。見事に撃墜され、白薔薇の苗床となった戦艦は無残な瓦礫の山へと変貌していた。


「我輩を唸らせるとは、天晴れな戦いぶりだ。褒めてつかわす」


 偉そうに頷くユノは、ほっそりとした右腕を曇天めがけて突き出した。

 そう、感謝しなければならない。

 ユノ・フォグスターは適当な場所で時間を潰して、折を見て同じように異世界からぶっ飛ばされてきた連中と合流しようと考えていたのだ。だが、その考えは覆されることになる。


「サボるというのは実に良くない。ナユタも言っていたではないか、全力で楽しめと」


 頭の中で思い浮かべた、最近召喚したばかりの馬鹿な使い魔が言う。

 何事も楽しんだ方が勝ちなのだ。だから、ユノもこの戦いを楽しむべきなのだ。


「これよりは我輩の蹂躙である。黒き甲冑の者共よ、冥府の底で我が名を思い出して震えるがいい」


 ズドン!! と紫電が空から降ってくる。

 少女の手が握りしめていたものは、煌々と輝く魔槍まそうだった。穂先は荒削りしたアメジストのようであり、禍々しい雰囲気をまとっている。

 自分の身の丈以上はある魔槍を自在に振り回しながら、ユノは笑った。


「我が名はユノ・フォグスター、魔界貴族フォグスター家の嫡子にして常勝無敗と恐れられた魔女である!」


 高らかに口上を述べたユノは、何人か振り返った黒い甲冑の連中を紫電によって薙ぎ払った。

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