悲劇を変えようと異世界最強チームを結成しましたが、好き勝手にやりすぎました

山下愁

序章【正解はどこにある?】

 キン、と金属同士が擦れ合う甲高い音が、広い玉座の間に響く。

 埃っぽく荒れ果てた様子の玉座の間で、互いにしのぎを削り合うのは黒い甲冑を着た壮年の男と、まだ一〇代程度の歳若い少年だった。


「――はああああッ!!」

「――えいやああああッ!!」


 どちらも裂帛れっぱくの気合と共に魔法の加護が付与された剣をぶつけ合い、命のやり取りを行なっている。激しい剣戟けんげきの末、少年がついに甲冑を着た男の腕力に打ち勝った。

 鋼色の魔剣を壮年の男の喉元に突きつけて、少年は肩で息をしながら叫んだ。


「さあ、観念しろ。姫を返せ!!」

「姫君を返したところで、貴様はあれをどうするつもりだ? 嫁にでもめとるつもりか?」

「そ、そんなことはしない。私と姫君では立場が違う。姫君には帰りを待っている家族がいる、彼らの元へ無事に送り届けると私は国王陛下に誓ったのだ」

「――――そうか」


 壮年の男は、どこか諦めたようにため息を吐いた。

 彼のその異変に、些細な変化に、少年は気づくことはなかった。


「ならば、姫君は魔王様への生贄として捧げよう」

「なッ」


 絶句する少年をよそに、壮年の男が少年の助けを待っていた姫君の元まで駆けていく。それを追いかけるように少年が一歩を踏み出すが、

 時はすでに遅かった。

 壮年の男が隠し持っていた短剣が、立ち尽くす姫君の心臓を正確に刺し貫いた。

 悲鳴もなく倒れる姫君。美しい姫君は血だまりの中に倒れ、白魚のような指先はピクリとも動かず、艶めいた唇からは血の気が失せていく。


「姫ぇ――――――――ッ!!」


 少年の絶叫が荒れ果てた玉座の間にこだまして、憧れを抱いていた姫君を救えなかった絶望と悲しみに満ちた慟哭どうこくが、虚しく響き渡る。

 姫君を殺害した張本人である壮年の男は、すでにその場から姿を消していた。



 少年の目の前に置かれているのは、断頭台だった。

 幾人もの凶悪な犯罪者が、ここで命を果てた。そして少年もまた、彼らの後を追いかけることになるのだ。


「無能な勇者」

「無能な勇者」

「姫君を救えなかった愚者」


 両手に繋がれた鉄枷が重い。

 何度も拷問で殴られた頰が痛い。

 全身に打撲痕を浮かび上がらせ、ろくに食事も与えられていない為にボロボロで、髪もぼさぼさで脂ぎっていて、かつて勇者と呼ばれて姫君を救うべく凶悪な魔物と戦ってきたあの少年の面影はない。

 ボロ切れのような衣服をかろうじて着用しているだけの少年は、処刑人の男の手によって両手を繋いでいた鉄枷を外される。それから無理やり頭を掴まれて、断頭台の穴に首を押し込められた。


(――ああ、なにが正解だったのだろう)


 霞みがかった頭の片隅で、少年は自分の行動を振り返る。

 できることをしてきたはずだ。

 誰にもできないようなことを、誰もしたがらないことを、少年は代行してやっていた。姫君を助ける為の試練の道だってそうだ。誰もやらなかったから、少年がただ善意でやっていたはずだった。本当に姫君を救いたかったのだ。

 それなのに。

 断頭台の露と消えそうになる少年を、愉悦の滲んだ視線で見上げてくる民衆はまるで他人事だ。少年がどんな茨の道を進もうが、血の滲むような努力をしようが、全ては彼らを笑わせる為の喜劇に過ぎないのだ。


「――姫、貴女の後を追いかけることをお許しください」


 かさついた唇が、ひび割れた声を紡ぐ。

 次の瞬間。

 ――少年の耳から、あらゆる音が消えた。

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