Violet Fizz

床町宇梨穂

Violet Fizz

ずっとずっと昔の事だ。 

僕は高校生になったばかりだった。

彼女は僕より一つ年上。

その頃の一年の歳の違いは今の一年とは全然違って、彼女が凄く大人に思えた・・・・・・。

当時はまだクラブなんてなくて、いわゆるディスコだった。

ユーロビートの全盛期だ。

そこではチークタイムなんていう恥ずかしいものまであった。

DJは今の様にあまりしゃべらず、ひたすらレコードを交換していた。

黒服は小さなライトを持って、かた膝をついてオーダーを取る。

ドリンクはチケット制。

Tシャツ、ジーンズでは入店できない。

客はみんな同じ振りで踊っていた。

そう、まだ冷たい戦争なんて言うのもあったし、社会党の総理大臣が出るなんて信じられなかった時期だ。

ベルリンの壁が壊されるなんて誰も思わなかったし、消費税なんていう税金は名前さえなかった。

ここ十年くらいで世の中は本当に変わってしまった・・・・・・。

彼女はいつもそこでバイオレットフィズを飲んでいた。

僕は女を酔わせるには"スクリュードライバー"だと言う馬鹿な伝説を信じて彼女にそれを飲ませようと勧めていた。

今思えば本当に馬鹿な話だが、当時はそんな伝説が本当にあった。

そんな僕の下心を彼女は知っていたのかどうかは分からないが彼女はバイオレットフィズを飲んでいた。

紫色をした甘いカクテル・・・。

お酒というよりはジュースのような飲み物だ。

しかし、お酒が1滴も飲めなくてウーロン茶を水割りの様に作ってもらって飲んでいた僕にしてみればそんな彼女がとても大人に思えた。

そう、僕達の一年の歳の違いはバイオレットフィズとウーロン茶の違いだ。

感覚として、お酒とお茶ぐらい違っていたのだ。

それから四年ぐらいたってお互い高校を卒業してから、ビールを飲むようになった。

やっと彼女に追いついた。

その頃には彼女も僕を子供扱いしなくなっていたし、僕も彼女を呼び捨てにする様になっていた。

今ではバイオレットフィズなんて言う飲み物を思い出さない様に彼女の事も思い出さないが、もし青春なんてものがあるのなら僕にとって彼女はそれのすべてだったのかもしれない。

二人の子供を持つ母親になった彼女。

多分毎日の生活に追われながらも幸せだと思う。

バイオレットフィズなんて言う飲み物がまだあるのなら飲んでみたい・・・・・・。

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Violet Fizz 床町宇梨穂 @tokomachiuriho

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