【第四巻:事前公開中】魔法で人は殺せない18

蒲生 竜哉

リリィの帰郷

そのテレグラムの内容は訃報だった。リリィを育ててくれた祖母が亡くなった。ダベンポートに旅費とお休みをもらい、リリィは一人故郷に汽車で帰る。昔のままの小さな家。だが、家には知らないハウスメイドがいた……

第一話

 いつものような穏やかな朝。

「おはようございます、旦那様」

 その日、ダベンポートは届いたばかりのテレグラムをリリィから手渡された。

「テレグラムが届いておりました」

「ん?」

 寝室から降りてきたダイニングの入り口で白い小さな封筒を受け取る。ダベンポートはリリィが引いてくれた椅子に座りながら、テレグラムの入った封筒をレターオープナーで開いた。

 折りたたまれた紙片を開き、中の文面に目を落とす。

「…………」

 ダベンポートはしばらく無言のままテレグラムを見つめていたが、やがて表情を曇らせた。

 身体を回して振り返り、背後のリリィにテレグラムを差し出す。

「リリィ、これは君にだ」

「え?」

 ダベンポートに言われてリリィはテレグラムを両手で受け取った。


『ソボ シス リリィ イチジ キキョウ サレタシ』


 渡されたテレグラムに目を落とすなり、リリィの顔が蒼白になる。

 テレグラムがリリィの両手から滑り落ちる。

 紙片は床に落ちて、カサリと小さな音を立てた。


「……お祖母様が、亡くなりました」

 ようやく、それだけの言葉を絞り出す。

「ああ、そのようだ」

 ダベンポートは頷くと、ダイニングから立ち上がった。

「リリィ、すぐに着替えて旅行の準備をしたまえ。僕は今から厩舎に行って馬を借りてくる」

…………


 ボォー……

 汽笛を鳴らして汽車が走る。

 気がつくと、リリィは豪華な客室の中のふかふかな椅子に座って汽車に揺られていた。

 どうやって汽車に乗ったのか、よく覚えていない。

(お祖母様が亡くなった……)

 汽車が出発してしばらく経ってからも、リリィは呆然と座ったままだった。

(そうだ。あの後、わたしは旦那様に馬で駅に連れて行ってもらったんだ)

 徐々に記憶が蘇ってくる。

『リリィ、すぐに着替えて旅行の準備をするんだ……』

『特等をとってあげよう。落ち着いて行くんだよ……』

『亡くなった人は帰らない。だが、ちゃんと送ってあげないといけない。だからリリィはちゃんと胸を張ってお祖母様に最後のご挨拶をするんだ……』

 いつの間にかにリリィは合理服に着替えていた。網棚にはちゃんと旅行用のトランクが乗っている。膝の上には女性雑誌。

(そうだ、雑誌も旦那様が買ってくれたんだった)

 ダベンポートは急いでリリィを駅に送り届けると、雑貨店ジェネラル・ストアで黒いベールを求めた。店主のマーガレット夫人はひどくリリィに同情し、一緒に涙を浮かべてくれさえした。

(そうだ、ベールはマーガレット夫人が貸してくれたんだっけ……)

 もう随分昔の事のよう。何もかもが薄もやに覆われているかの中の様に曖昧だ。


 リリィの祖母はいわばリリィの育ての親だ。祖母はリリィが物心ついた時には傍にいた。

 元々、何をしていたのかは最後まで教えてくれなかったが、お金にはそんなに不自由していなかったと思う。いつも家にいて、穏やかな表情でリリィを見守る優しい祖母だった。

 お絵描きから始まって、絵本の読み方、字の書き方、綴り方。祖母は手取り足取りリリィに教育を施してくれた。

 十歳をすぎた頃からはそこに家事の手伝いが加わった。最初のうちはお片付け。続いて掃除、洗濯、レンジ磨き、料理の仕方、お鍋のお手入れ。石炭のレンジを毎朝おこし、重いお鍋でシチューを作る。子供の頃はシチューが得意だった。シチューは材料を切って煮込むだけ。手間はかかるが簡単な料理だ。

 シチューが上手にできるようになったら次はロースト。ローストができるようになったら次はステーキ。お魚を上手に焼くにはコツがいる。祖母は王国の料理に詳しかった。

「ちゃんとレシピを全部読んでから作るのよ」

 常々祖母はリリィに言ったものだ。

「次の手順がわかっていなかったら困るでしょう? 全部読んで、材料を全部集めて。包丁はそれから握るの」

 歌を教えてくれたのも祖母だった。

 リリィがよく鼻歌を口ずさんでいる事に気づくと、祖母は積極的にリリィに歌をうたわせた。童謡、民謡、それにクラシック。夕食後、必ずリリィが歌を披露する。ロッキングチェアに座ってその歌を聴きながら、祖母は自分で淹れた紅茶を優雅に楽しむのが毎日の日課だった。

 思えば、リリィが今こうしてダベンポートのハウスメイドをちゃんと勤めていられるのも、全て祖母が一から仕込んでくれたからに他ならない。


(…………?)

 つと、リリィの頰を涙が伝う。

(お祖母様……)

 リリィは両手で顔を覆うと、声を立てずに静かに泣きはじめた。


 

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