Cosmological Horizon

日向 悠介

Fall down

 ――落ちる。

 今日は一点の曇りもない快晴だ。僕はそんな永遠と続く快晴の中心で頭から落ち続ける。

 落ちる度に風が僕の服をバタバタとはためかす。

 境界線の向こう側からは陽の光が差し込む。明る過ぎもせず、眩しくもない、ただそれだけの光。

 世界は海のように真っ青だ。



 かれこれ僕は何千日と落ち続けてきた。

 最早この世界は永遠と呼ぶに等しいのではないか、とそう感じたときは多々ある。しかし永遠ではないのは知っている。

 僕の頭の下には常に無限に広がる海が存在する。

 今日のように快晴の日にはキラキラと水面を輝かし、雲がある日には海も同じく雲を作り空と一体化する、夕方になると真っ赤な夕焼け色を吸収し、夜になれば無数の星々を輝かす。


 僕と常に一定の距離を保っている海だが、もし僕が海に落下し海の深く深くまで落ちていくとき、それは最期というわけだ。そこで永遠は途切れるだろう。


 ……もし永遠が途切れたのだとしたら僕は何処へ行くのだろうか?

 底なしの海にまた落ち続けるのか、または海の底に着き役目を終えるのか、それともこの世界から、いやこの世界ごと消えてしまうのか。

 永遠だったはずの時間が止まってしまった向こうの世界を誰も知らない。



 快晴の空は輝き続ける。

 今は不安の色も一つもない晴れ渡った鮮明な空だが、時には黒く淀んだ雲が全体を覆いつくすこともある。またその雲から涙が零れ落ちることもあれば、激しい怒りを感じる事だってある。


 雨の日は静かに落ち着いた雰囲気だ。

 もともとこの世界は静かではあるのだが、そうではなく活力がないというか。


 静寂の世界に移り変わり、雨音が海を叩く音だけが響き渡る。

 僕も雨に打たれ服は濡れる。けれど悪い気はしない。

 雨には懐かしさを感じる。僕を抱擁してくれるような安心感がそこにはある。


 だから僕は雨の日が嫌いではない。


 だが時として雨を嫌悪することもある。


 黄色い稲妻が底へと向かって落ち、世界が悲鳴を上げるかの如く雷鳴を轟かせる。

 雨脚は強くなり雨音と雷鳴の怒りの二重奏が奏でられる。

 そんな嵐の中心を漂うとき僕は胸が締め付けられるような苦しみを覚えた。


 だから雷雨の日は嫌いだ。



 快晴の空もそろそろ夕焼け色に染まりだす。朱色の絵の具でグラデーションさせたような綺麗な色だ。


 海と空の境界線の向こう側から陽の光が差し込める。夕焼け色の光だけが。

 そもそもこの世界に太陽というものが存在しないのだろう。

 朝と夜の概念すらも存在しないのかもしれない。



 落ちる。

 落ちる。

 落ちる。

 風が心地よい。

 海の波の音が聞こえる。

 落下することに抗う事もなくただ落ち続ける。



 夜が来る。

 闇に覆われた夜が。そんな闇に対抗するが如く光輝く無数の星々。

 僕の真正面に見えているのは一等星。他のどの星よりも綺麗に輝いている。

 宙に浮かぶ星々はさながら命のようだ。

 もし僕より前にこの世界に誰かがいたのならば彼らはどうなったのだろうか。消えてしまったのか?

 僕は思う。

 この無数の星こそ生命だと。

 僕ももしあの海に落ちたのならば星へと生まれ変わるのだろう。

 次に誕生する生命を照らす光へと。


 延々と続く闇夜。

 変わらない景色。

 しかし決して時間が止まっているわけではない。

 毎日は何かしら変化がある。

 風の当たりが違ったり、星の位置が違ったり。

 全くの一緒なんてありはしない。

 こんな些細な変化も時間の流れを感じさせてくれるものだ。

 毎日の繰り返しなどありはしない。

 一秒一秒を大切に噛み締めて生きていかなくてはならない。

 あの星達のように。


 ――――。

 ――。

 ――永遠は存在しない。


 意識が消えかける。


 ――時間は有限だ。


 プツリと何かが切れたような気がした。


 ――自由だ。


 海に落下する。

 水飛沫を大きく撒き散らし水の中へと消えた。

 身体は光の粒子となって消えていく。















 ――永遠は存在しない。

















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Cosmological Horizon 日向 悠介 @kimimaronamapasuta

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