文章組手

ポンチャックマスター後藤

第1回「鍵」

 鍵は不安の象徴であり悪魔だ。「鍵が好き」そう言えるヤツは人間として大切なものを鍵に食われてしまっている。


 狂人が何を吐かす?そんな野蛮な気持ちをお持ちのボーイズ&ガールズ。私は至って冷静だし君の健康を心配している。大丈夫?コーヒーでも飲みなさいよ。今は深夜2時。僕と君だけの時間を歌おう。準備はOK?では箇条書きで説明する。


 【鍵を無くす=地獄】

・家に入れない

・車に乗れない

・玄関前に落とした場合は泥棒に入られる

・鍵を探す時間を取られる

・賃貸なら大家に連絡をして小言を言われる

・分譲なら誰に連絡したら良いのかわからない

・不安により淫売との性交時、一時的なインポテンツに陥る

・職場でミスを連発し無能扱いされる

・恋人は鍵を無くすような人間から離れ、片思いの人はTwitterで出会ったDJと付き合う

・居酒屋では注文を忘れられ、ハンバーガーショップでは抜けと言ったピクルスが入っている

・投票のため市役所に行ったが選挙案内を忘れて自宅に帰りなんとなくyoutubeを見ているうちに寝てしまいタイミングを逃す

・親から「仕事は見つかったんけ?堺に戻ってきいや」と言われる

・金を貸してくれるはずの友達が長期で海外に行き税金が払えなくなる

・Illustratorをアップデートしたら挙動が怪しくなりググっても削除されたフォーラムの答えしか出てこずキャッシュも表示されない

・AV女優を名指しでバカにしたら引用RTされて謎の鍵垢に監視フォローされる

・学生時代にバカにしていたクラスメイトがFacebookで友達申請してきていて覗いてみると「絆」とか「友達」とか書き倒して何人かで後ろ向きに並んで右手を上げている写真をヘッダーにしている


 16だ。パっと思いつくものだけでも16もの地獄がある。まず仏教的観点から言えば無間・大焦熱・焦熱・大叫喚・叫喚・衆合・黒縄・等活で八大地獄がある。仏教でも8つなのに鍵を無くすとその倍だ。二倍だ二倍。高見山じゃねえんだぞ。これが地獄だいらっしゃいませ。


 それだけではない。鍵を肌身離さず持っていても地獄が発生する。こちらも数にして20を超えるサムシングがあるが、箇条書きでは説明しない。なぜなら今、私は感情的になっているからだ。激情が心の劇場を荒らし、スポットライト、音響装置、バミリ、ポップコーン、甲類焼酎などをしっちゃかめっちゃかに舞わせている。自分の人生も回せない小僧のまま成長した私の心を輪姦そうとしてくるのだ。私は正常で狂っているのは鍵だ。


 では冷静に説明。

 私はいつも鍵を締めたのかが不安になる。玄関の鍵。あんな無機物な物。鉄だよ鉄。他の材質かもしれないが鍵のことを考えると人間としてのステージが下がるのであまり考えない。

 まああれだ、鍵?あのなんか回すやつ。あんな単純な動作で家の安全を守ろうなんて鍵ってやつの不遜な態度が何より気に入らない。一時期の楽しんごよりも不遜じゃないか。あんな物質が存在するから私は家の安全が気になり毎日の仕事を失敗する。いや、思い返せば私が声優だった時からそうだ。

 ナレーション収録、練習ではしっかりと読めていた。滑舌は良い方ではないが、苦手な音並びではなく、サラっと読める感じだった。それがどうだ?前日酒を大量に飲んでいたのもあるかも知れないが、不意に脳内にハローしてきたのだ。鍵が。鍵が俺の頭のドアを開けて侵入してきた。鍵は私の体を押さえつけ、生臭く冷たい舌で全身を舐め回す。コーンポタージュのように粘りある唾液が固まり、私の体と心を支配していく。そして滑舌が悪くなる。久しぶりの仕事だったので普段の練習をサボっていたのもあるが基本的には鍵が悪い。鍵がもっと複雑な機構で締めたかどうかが一発でわかる仕組みなら問題ないのだ。

 鍵の中には締めたら色が変わるキーホルダーもあると言う。それを使ってみてはどうかね?はい!はい来ましたー!ブブー!ブゥ~!前述した通り鍵は持っているだけでもその心に暗雲立ち込め濃硫酸の雨が容赦なく何もなし得ることができなかった体を厳しく打ち付けます~!


 思い返せば幼稚園年中の頃だ。切腹してフランス人水兵に内臓をぶん投げた土佐藩士が埋葬されている宝珠幼稚園から一人徒歩帰宅。年中から徒歩帰宅できるほどの素晴らしい人間だった私の脳は、いつもなら必ず開くことができる自宅ドアが開かずにパニックになった。そしてトイレに行きたかった私は脱糞をしたのだ。この悲劇は斜向いの習字教室をやっている松田さんの家にあるオジギソウに触れて根こそぎ葉を閉じさせた呪いなのか?違うね。全部、鍵のせいだ。鍵が全て悪い。


 そもそも、人間の意思により人生は開くか閉じるかが決まる。その意思をあんな小さな性病に罹患した女性器みたいな穴に、刑務所に50年打ち込まれて暇にかまけて魔改造した陰茎に近いものを入れてハイOKなんて間違っているの。禍々しい見た目に頼りない質量。それが私の不安を拡張し、この世界に齟齬が発生する状況を作り出す。


 先程の言葉で皆様を論破いたしましたが鍵の恐怖や不安、それにまつわる呪いや地獄は加速度を増し、いまやリニアモーターカー以上の速度で地球を縦横無尽に走り回っている。


 劇団に所属していた時もだ。最低の劇団だった。多くの役者友達の舞台を酷評することで嫌われていた私は出演できるステージを探しインターネットで「都内 舞台 出演者募集」と検索した。そしてトップに出てきた劇団にとりあえず連絡し、4ヶ月後の舞台に出演が決定したのだ。しかし、チケットノルマ2500円×30枚の十字架に架けられ、稽古が多くバイトがあまりできないこともあり、生活が破綻した。これも鍵を持つことの不安から生まれる地獄の一つ「貧困地獄」だ。確実にそうだ。無人望および判断ミスではない。私に責任は一つもない。鍵を締めたかが不安になり、鍵を持っていると「落としてしまわないか?」と不安になり、帰宅時に鍵を差し込み右に回す時には「もしかしたら部屋に殺人鬼が入り込んでいるのでは?」の思いが毎秒360回の速度で私のガラスハートをハードヒットしてくるのだ。私を笑うのではない。これは今そこにある恐怖。


 鍵を捨てよ!街に出よう!鍵は全ての厄災を運び込む魔の黒猫、カラス、ヒキガエルです。私は自分が鍵にまつわる失敗を多くしているからこのようなことを言うのではない。あなたが、あなたが幸せに生きることができるよう提言をしている。この文章を見たあなたは今すぐ鍵を捨てなければならない。家の鍵、自転車の鍵、お店の鍵、会社の鍵、カードキー、キーホルダー、キーチェーン、鍵は締めることで完結する。そんな不吉なものをどうして後生大事に持つのか?私の人生はどん詰まりだ。38歳にもなろうとしているのに仕事は中途半端だし恋人もいない。そりゃ声優を13年やってきて社会経験は少ない。怒られるのが嫌いで、強く怒られるとその会社から飛び出してしまうことばかりだった。

 辛いことから逃げ、戦いに立ち向かえず、愛する人からは捨てられ、親からは愛想をつかされ、もう人生のどん詰まりにいる状態だ。閉じ込められているのです。わかりますね?この小さな部屋、汚い部屋、プレイステーション4と自慰に使ったティッシュが小さな家族として冷たい目で私を射抜くこの部屋に。私の体も魂も閉じ込められてしまっているのです。

 閉じ込めたのは誰でしょう?閉じ込めたのは何でしょう?鍵です。鍵がかけられたのです。誰が鍵をかけたのかわかりません。もしかしたら私がかけたのかもしれません。内側から鍵をかけてチェーンロックまでしたのかも知れません。しかし、そんな状態になるのは鍵があってこそなのです。鍵が私をこのどん詰まりに閉じ込めるのです。鍵がなく、開け放たれた世界を想像してください。私たちはどこにでも飛んでいける。どこまでも羽を伸ばせる。

 私には羽があるのか?今も自由に飛べるのか?それすらわかりません。私はもう目を閉じてしまっています。この年齢になれば自分自身の可能性もわかってくるのです。全ては遅く、取り返しはつかない。人生の記念行事は葬式しか残っていないのです。そんなどん詰まりの暗黒世界に閉じ込めたのも鍵なのです。鍵が、鍵がしめられてしまった。光刺す窓から見える外界にはモンシロチョウが飛んでいる。陽光の下で子どもたちが笑っている。それを眺めることしかできなくなってしまいました。声を掛ければ良いのでしょうか?されど室内、魂声届かず。外界を隔てる一枚のドア、一蹴りで砕け散る窓、その全てに触れることも叶いません。鍵を締められ狭い暗いと叫ぶ私にはそんな力が残っていないのです。


 このように皆様に鍵が持つ恐怖を説明してまいりました。皆様も同じ状態だと感じております。涙を流してこの文章を読んでいただいているとわかっております。その涙、今は少し止めてくださいませ。この世界に存在する鍵という鍵を全て滅して私をここから救い出してくださいませ。せめて死ぬなら広い世界で朽ち果てたいのです。あなた、笑っていますか?笑うことで私を閉じ込めようと考えていますか?その笑顔は鍵ですか?あなたの笑顔、他人の言葉、自分の思い、その全てが鍵だとあなたは言うのですね。

 世界は緩やかに閉じている。宇宙は健やかに膨張を続けているのに。そのスピードについて行けないように私を閉じ込める鍵を。鍵を見せびらかせると言うのですか。


 あなたが鍵だ。鍵だったのか。畜生騙しやがって。殺してやる。それか死んで呪ってやる。俺が死ぬのを、諦めるのを待っているのか?だったら先に殺してやる。てめえの人生に鍵をかけてやる。今から行くからな。玄関の鍵は開けておけ。光の下で燃やしてやる。


 と、このように、鍵が存在することで人は狂うのだ。どうですか?本日、お休みになられる時、鍵をかけますか?判断はお任せします。それでは良い明日を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る