第39話 青と黄色の耳飾り


 ジンは四人分の耳飾りを袋から取り出して、観念したように差し出した。葡萄型と雫型、それぞれ二つずつの耳飾りが、小麦色の手の平の上で輝く。艶々とした黒い石は、無感情にスズネのことを見上げていた。


「いいですか? この石にマナを込めるんです。石の色が変化したらそれは完全に皆さんのものとなります。この石が皆さんのマナを隠してくれることでしょう」

「嘘だったときの覚悟、決まってる?」

「僕だって商人の端くれなんで性能で嘘を吐くことはしませんよ、失礼だなぁ!」


 シンヤの静かな一言に眉を吊り上げたジンは、その後「まあ少し売値を高く設定することはあるけど」と小声で付け足した。

 マナを石に込めるために、馬車は一度その進行を止めている。馬車の前部から体を捻ってこちらに視線を向けているシンヤの視線は、相変わらず冷ややかなものであった。


「全く。まあそう言うお客さんもいると思って用意しました。ほらこれ! 精霊石! 皆さんに反応して光ってますね、この精霊石」


 不服そうに目を細めてたかと思えば、その直後に一転して商売人の顔に戻ったジンは、自身の懐から手のひら大の精霊石を取り出した。立体の楕円型に研磨された精霊石は、強い光を放っていた。その眩さに一瞬目を細めたスズネの前で、ジンは悪戯っぽく笑って見せる。


「さて、此方に用意したのは僕の商品でございます黒い石。……名前決めてなかったな。えー、じゃあ精霊石を無効化するから、光と掛けて無光石でいいか。僕の用意した無光石で、この反応を消してみせましょう! はい、握ってくださーい」


 まるで馬車が露店にでもなったかのようだった。熱の籠った売り込み口上を放ちながら、ジンは四人に無光石の耳飾りを配ってみせた。

 スズネ、シンヤの手元には葡萄型が。コハル、ヨルの手元には雫型が生き渡る。ジンはそれを確認した後、自らも手本のように無光石を一つ取り出して握ってみせた。


「じゃ、マナを込めてください。手の平にマナを集めるだけで勝手に吸い取るんで!」

「マナを込めるときに精霊石に探知されませんか?」

「ヨルさんは用心深いなぁ。大丈夫、マナが発動しきる前に無光石が反応ごとマナを吸い取りますよ」

「石に色つけるために体内のマナ殆ど持ってくとかない?」

「ありませんよ! なんでそんなヤバい商品売らなきゃいけないんですか! シンヤさん僕のこともっと信用してくれてもよくないですか!?」

「信用してほしいならそれなりの言動をしてほしいもんだね」

「結果で信用させますからつべこべ言わずにマナ込めてください」


 ヨルやシンヤから飛ぶ不信感の籠った言葉を、ジンの言葉が強制的にねじ伏せる。強気な言葉を言い渡された二人と、元より耳飾りに興味津々だったスズネとコハルは、一斉に手の平にマナを集中させた。

 手中で、水面が揺れるような感覚がする。握りしめた拳の隙間から漏れだした光が、スズネの手元を強く照らし出す。それと同時に、他の三人の拳からも同じ光が漏れだして、馬車の中は眩さで覆われた。

巻き起こった風にスズネの黒髪が靡き、マナが発動する――その刹那、光と風が唐突にその姿を潜め、馬車内には普段通りの平静さが取り戻された。

 スズネは大きく目を見開き、それから瞬きを繰り返した。手の平に僅かな熱を感じる。恐る恐ると拳を解けば、先ほどまで揺るがない漆黒だった無光石は、青く透明な宝石に変化していた。

 美しく光り輝くそれは、先ほどまでの無彩色を忘れさせてしまうような、美しい色をしていた。思わずスズネの口から感嘆の溜め息が零れるのと同時に、コハルが酷く弾んだ声を発した。


「すごい、綺麗!」


 彼女の手の平には、薄い黄色の透明な石が転がっていた。満面の笑みを浮かべたコハルは、それを親指と人差し指で摘まみ、天井に翳してみせる。

 スズネの石とは色が違うが、その耳飾りは無彩色の石だった頃よりも遥かに愛らしい品物に仕上がっていた。彼女の耳元を飾るのに相応しい明るい色合いの雫に、コハルは上機嫌そうに目を細めている。


「それが皆さんのマナの色なんですよ。えーと、シンヤさんとスズネさんが湖のマナの青色。ヨルさんとコハルさんは樹のマナの黄色ですね」


 ジンはそう言って、見本のためにとりだした無光石を袋にしまった。その際に、じゃらりと何かがぶつかる音がする。それが無光石同士がぶつかって鳴る音だということに気が付いて、スズネは成程と頷いた。

 両腕に抱える程度の大きさの白い皮袋いっぱいに無光石が詰まっているとしたら、随分な量を仕入れたことになる。それだけ需要が高いということは、精霊狙いの盗賊がそれだけ多いということだろうか。精霊狙いという条件はこの耳飾りで潰せるにしても、盗賊自体が消えるわけではない。今後も戦闘になるかもしれない、と危惧したスズネの脳内を、ある危機感が過った。


「あ、あの、ジンさん。神都って、精霊がいっぱい集まる場所なんですよね。祭りの期間中は特に」

「ええ、そうですよ」

「精霊狙いの盗賊が神都を襲う、なんてことが、あるのでは……?」


 スズネの声が震えたのは、先ほどの戦闘の様子が頭の中で繰り返し流れていたからだ。自分に振り下ろされる刃も、その直後鮮血を撒き散らして死んだ盗賊の姿も、未だにスズネの脳裏に色濃く焼き付いている。

 精霊狙いの盗賊が多いというのなら、祭りで精霊たちが集まる神都と言う場所は、最も狙われやすい場所に該当するはずだ。

 その場所に向かえば、さらなる戦闘を重ねることになるのではないだろうか。そんなスズネの不安と警戒が詰まった質問を聞いて、ジンは瞬きを繰り返した後、不審そうに目を細めて首を傾げた。


「何言ってるんですかスズネさん」

「え?」

「神都には精霊とその契約者しか入れない結界が張ってあるんだから、盗賊なんて入れるはずありませんよ。やだなぁ、常識じゃないですか。常識」


 手の平をひらつかせたジンは、忘れてしまったんですか? なんて冗談交じりに呟く。嘘偽りを教えているような意地の悪い気配はどこにもなかった。

 スズネが慌ててシンヤの顔色を確認する。シンヤも一瞬目を見開いていたが、スズネと目が合った瞬間に平静を保つように目を細めた。どうやら、この件は彼も初耳だったらしい。しかし、それをジンに悟られたくはないようだ。

 ジンがこの馬車に乗る条件の一つに、『こちらの情報を探らないこと』というのがある。これは、彼と別れた後で、樹の里や盗賊達に四人の情報を渡さないようにするための約束だった。記憶喪失の四人組の精霊、という一文字だけで、樹の里はすぐにその一行がスズネ達であることに気が付くだろう。

 必要以上に自分達の情報を受け渡してはいけない。スズネは自分の失態に、慌てて言葉を継いだ。


「あの、盗賊に攫われた精霊が無理やり契約させられて、入れるようになった盗賊に襲われるんじゃないかなって」


 咄嗟に飛び出してきたのは、樹の里でも一度口にした疑問の言葉だった。その際にはリンにその言葉を否定された。それは、『樹の里の生き残りである精霊がヨルとコハルの二人しかいないため、そもそも攫われる精霊がいないから』という事情があった故の否定であった。

 しかし、樹の里の結界と違って、神都は『精霊とその契約者ならば入れる』という種類のものであるらしい。ならば、スズネが口にした状況は十分にあり得るだろう。


「ああー、成程。それはあり得なくはないですけど、でも、盗賊に捕まった大半の精霊は売られるし、仮にそんな状況になったとしても、侵入した盗賊と精霊の数が釣り合いませんよ。あの中で悪さなんてしたら、袋叩きにされてお終いじゃないかな。そんなに気にすることですか?」


 あそこの精霊たち超怖いし、と笑い混じりのジンの言葉を聞いて、スズネは曖昧に笑って頷く。探る様な視線を向けられた気がして、笑みが硬くなりかけたその時だ。

 耳飾りを自身で身に着けながら微笑を湛えたヨルが、穏やかな口調でスズネに語りかけた。


「スズネ、さっきの戦闘の衝撃がまだ抜けきってないのかな。大丈夫? 辛いときはちゃんと言ってね」

「は、はい」

「目の前で人が死んだんだから、怖いのは当然。平気だよ、シンヤもいるし。僕も、全く動けないわけじゃないから、いざというときは頼りにしてね」


 まるで子供に言い聞かせるような、寝かしつけるような優しい声だった。やけに優しさが強調されたような言葉は、恐らく、スズネの精神を落ち着けるために投げられたものではない。


「ああ、なるほど。目の前で殺されてましたもんね。いやー、恐ろしかった。シンヤさんって容赦ないですよね本当。女の子の前なのに」

「女の子の前だからって容赦して肝心の女の子を見殺しにしろって話? それが容赦するってことなんだ、初めて知った」

「そうとは言ってないじゃないですか! そういうところですよそういうところ!」


 声を荒げたジンと刺々しいシンヤのやりとりによって、彼の探る様な視線が影を潜めていく。思わず吐きかけた安堵の溜め息を押し殺したスズネは、さり気無くヨルの方に視線を投げる。

 彼もまた、僅かに表情を緩めて口角を持ち上げていた。やはり、ジンの中に残った違和感を解消するための言葉だったらしい。

 勿論、スズネを全く気遣っていないわけではないだろう。その考えがなければ、その言葉は生まれないはずだ。

 彼の心遣いと機転に助けられたスズネは、内心の動揺を悟られないように平静を装って耳飾りを装着する。それを見守っていたコハルは、花が綻ぶような満面の笑みを浮かべた。


「スズネちゃん、それ可愛いね。すごく似合う!」

「コハルちゃんも、すごく可愛いですよ」

「有難う! えへへ。でも羨ましいな、シンヤくんと同じ色。形も一緒だからお揃いだね」


 耳元で黄色い雫の耳飾りを揺らしながら、コハルが僅かに目を伏せる。いいなぁ、と一言を零したコハルを見て、シンヤは僅かに眉間に皺を寄せて呟いた。


「俺だって君とお揃いが良かったよ」


 何だか恨めしそうな声だった。シンヤの耳元で、色も形もスズネと同じ耳飾りが美しく煌めいている。耳飾りは二種類とも女性的な形をしていたのに、シンヤの耳元で揺れる耳飾りは、彼のために設計されたと言われても信じてしまう程度には似合っていた。

 マナを込める前に確認すればよかったな、と、僅かにスズネは苦笑する。自分とお揃いにしてしまったという罪悪感が胸中に滲む頃には、『神都の常識を知らない』という違和感は、完璧にその場の空気に呑み込まれて消えていた。

――だというのに、スズネの胸には、何かが引っかかっている。

 何かが、可笑しい。その違和感の正体が何であるか、スズネには未だ突き止めることができなかった。

 馬車は神都を目指して進みだす。スズネはその胸の内に不思議な感覚を覚えながら、再び身体を馬車で揺らされるのだった。

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