ひつじのおばあさん
月嶺コロナ
第1話
そこは動物たちが住んでいる町。その町はいつでも冬のような寒さです。春でも夏でも秋でも、冬のような寒さなのです。冬は特別寒くて、冬はみんな家の中。それでもやっぱり元気な子供たちは風の子のようです。外に出て元気にはしゃぎ走り回っています。
この町には一人暮らしのひつじのおばあさんがいました。毛がもこもこで、とっても大きな体です。しかし見た目と違って優しく、小さな子供から同年代のお年寄りまで、みんなそのひつじのおばあさんが大好きです。
ある日のことです。ねこの女の子がひつじのおばあさんの前で転んでしまったのです。ねこの女の子はうずくまりそこで泣いてしまいました。ひつじのおばあさんは心配になりその子に近寄ってこう言いました。
「これをあげるから泣き止んでおくれ」
そう言って差し出したのはもこもこのマフラーでした。それはおばあさんが巻いていたものでした。
ねこの女の子がマフラーを受け取ると、嬉しそうに笑ってお礼を言い首に巻きました。
「わあー、とってもあたたかいね!」
「これはね、おまじないがしてあるんだよ。だからとてもあたたかいのよ」
「どんなおまじない?」
「さあ? それはヒミツね」
ひつじのおばあさんは優しく微笑むと、そこから去っていきました。
またある日のことです。いぬの男の子が寒そうに震えています。手をこすり合わせていました。それを見たひつじのおばあさんはその子に近寄りこう言いました。
「これをあげるから泣き止んでおくれ」
そう言って差し出したのはもこもこの手袋でした。その手袋もおばあさんが身に着けていたものでした。
いぬの男の子が手袋を受け取ると、嬉しそうに笑ってお礼を言い手にはめてみました。
「わあー、もこもこだ!」
「これはね、おまじないがしてあるんだよ。だからとてもあたたかいのよ」
ひつじのおばあさんはねこの女の子に言ったことと同じことを言いました。いぬの男の子も同じ質問をします。
「どんなおまじない?」
やっぱりおばあさんは同じように答えます。
「さあ? それはヒミツね」
優しく微笑んで去るひつじのおばあさん。
ねこの女の子といぬの男の子は、おまじないがなんなのか気になりました。しかし、その気になるおまじないとは何かすぐにわかりました。
ねこの女の子といぬの男の子が町で遊んでいると、あのおばあさんがいるではありませんか。大きな体がすっぽり入った小さな可愛らしい屋台。ひつじのおばあさんはそこで編み物を編んでいました。
「「おばあさん、こんにちは」」
「こんにちは」
「おばあさんはこんなところで何をしているの?」
「編み物を編んでいるのよ」
「……でも、毛糸がどこにも無いよ?」
「そうね。あなたが巻いているマフラー、あなたがはめている手袋、それは私の毛で真心を込めて編んでいるのよ」
「「ええっ!?」」
二人は驚きを隠せません。おばあさんの毛はもこもこしていて、全然減っていないからです。それに動物にとって毛は大事なものだからでした。
「おばあさんの毛はもこもこだよ? 減ってないよ?」
「私はひつじだからすぐに毛が生えてくるのよ」
「でも、大事な毛がなくなったら寒くなっちゃうよ?」
「すぐに毛が生えてくるから大丈夫なのよ」
ひつじのおばあさんは、やっぱり優しく微笑みました。おまじないとは、おばあさんが自らの毛を使って、真心を込めて編むことだったのです。
ねこの女の子といぬの男の子は、ひつじのおばあさんのことをまるで自分のことのように誇らしく思いました。
「このマフラーはひつじのおばあさんが編んでくれたんだよ!」
「この手袋はひつじのおばあさんが編んでくれたんだ!」
ねこの女の子といぬの男の子がマフラーと手袋を自慢すると、たちまち子供たちの間でひつじのおばあさんの話が広がりました。子供たちはひつじのおばあさんのところへ行ってお願いしました。
「おばあさん、わたしにもマフラーを編んでほしいの」
「ぼくにも手袋編んで!」
「はいはい、待ってておくれ」
ひつじのおばあさんはいつも優しく微笑んで、子供たちにお願いされたものを編んであげました。それからというもの、その子供たちの親にも話が広がりました。今度は親たちがひつじのおばあさんのところへ行ってお願いしました。
「ひつじのおばあさん、帽子を編んでくださりませんか?」
「あたたかい靴下を編んでほしいのです」
「はいはい、待ってておくれ」
ひつじのおばあさんはいつも優しく微笑んでいます。嫌な顔ひとつしません。そんな優しいおばあさんだから、見返りも何も求めません。
この町は貧しいのです。みんなで助け合って生きている。この町に何年間も暮らしているから、おばあさんはみんなに優しいのです。
またある日のことでした。ひつじのおばあさんの噂が隣の大きな街に届いたそうです。偉そうなお役人がひつじのおばあさんの家を訪ねました。
「ひつじのおばあさん、我々の王様の為にセーターを編んでほしいのです」
「はいはい、待ってておくれ」
ひつじのおばあさんは優しく微笑み、セーターを編みました。
お役人はそれを持ち帰り、王様に渡しました。王様はそのセーターを大層気に入りました。王様は一目ひつじのおばあさんに会ってみたくなり、お役人にひつじのおばあさんを連れてくるよう命じます。
またやってきたお役人にも優しく微笑み、ひつじのおばあさんは隣の大きな街へ出かけました。
王様はまずお礼を言います。
「おばあさん、ありがとう。なんとあたたかいセーターだ。これはどうしてこんなにあたたかいのだ?」
おばあさんは微笑んでこう答えます。
「これはね、おまじないがしてあるのですよ。だからとてもあたたかいのよ」
王様は答えを知っています。けれど聞いてみたくなりました。
「どんなおまじないだ?」
「さあ? それはヒミツね」
ひつじのおばあさんの決まり文句。それがなんだかとても不思議で、ワクワクして、その言葉もあたたかいのです。王様はもっと話してみたくなりました。
「そなたはなぜ編み物をするのだ?」
何気ない質問をすると、その時です。初めておばあさんが悲しそうな顔になったのです。
「……私は編み物しかできないからです。私には娘と孫がいました。けれどどちらも病気で、毛がなくなっていきました。私たちは貧しいので薬も買えず、最期は寒さで凍えて死んでしまったのです……。ちょうど、こんな寒い冬の日でした。だから私は、寒さに負けないようにあたたかい編み物をして、みんなに分けていたのです」
おばあさんの話を親身になって聞いていた王様は立ち上がりました。
「なんと心優しい! わし専属の編み物職人にしようと考えたがやめた。おばあさん、わしがそなたの町を助けようじゃないか」
「あ……、ありがとうございます……!」
ひつじのおばあさんは涙を零しながら喜びました。町に帰り、隣街でのことをみんなに話します。王様がセーターを気に入ってくれたこと。娘や孫のこと。王様が町を支援してくれることになったこと。
町のみんなは大喜びしました。
ひつじのおばあさんが町に帰ってから数日後、驚くことに王様は自らやって来ました。
「暗い町だ。もっと明るく照らそうではないか!」
王様の一言で、町全体がパッと明るくなったではありませんか。お役人が町の隅々に灯りをともしたのです。
「これでこの町は明るく、あたたかくなるだろう」
王様は高らかに笑って町の人々に言いました。
それからこの町は少しずつ良くなっていきました。灯りをともしたお蔭で明るくなり、怪我人が減りました。灯りのお蔭であたたかくなり、冬のような寒さから解放されました。そして、灯りのお蔭でみんなが明るく元気になりました。
病人や怪我人が出た時は、無償で治療してくれることも約束してくれました。王様はもっと町を良くしようと家を建て直したり全面改装を考えましたが、ひつじのおばあさんはこれだけで十分だと断りました。王様は不思議がります。
「なぜだ? もっと良くなれば、生活が豊かになるぞ。幸せになれるのだぞ?」
「……人の幸せは誰が決められましょう」
ひつじのおばあさんは高い空を見上げて言います。
「幸せは自分が決めることです。私にとっての幸せは、おまじないを忘れないこと」
王様はわかったように、けれど尋ねました。
「どんなおまじないだ?」
ひつじのおばあさんはいつものように優しく微笑みながら答えました。
「さあ? それはヒミツね」
END
ひつじのおばあさん 月嶺コロナ @tukimine960
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