■ex file:インソムニア-XⅥ(4)


     ◆


 ぱちりと、目を覚まして。生あくびをしながら上を見ると、そこには一七葉の顔がありました。

「よく眠れたデスか」

「……一七葉」

 わたくしよりも先に眠っていたと思ったのですが。……どうやら彼女の寝顔を見ている間にわたくしも、うたた寝していたようです。

 頭の下にはハンモックではなく、柔らかな感触があります。どうやらいつの間にか、膝枕されていたようでした。

「イムヤの寝顔、気持ちよさそーでしタ」

「張り倒しますわよ」

 いたずらっぽい笑顔で恥ずかしいことを報告してくる一七葉をそう突っぱねて、彼女の太ももに頭を載せたままぼんやりとしていると――不意に彼女が、ぽつりと呟きました。

「ねえ、イムヤ」

「なんですの、一七葉」

「ワタシ、イムヤとずっと、一緒にいたいデス」

「……なんですの、藪から棒に」

「さっきの話の、続きデス」

 どんな顔をしているのかと思って視線を向けると、一七葉と目が合う。いつになく真面目な表情の彼女に、わたくしは少し、どきりとしました。

「イムヤと初めて会った頃……イムヤ、言ってマシタ。『何のタメに戦うのか』って。お昼寝してたらなんとなく、そのコトを思い出して。なんだか目が覚めちゃって、ずっと考えてたデス」

 奇遇なことだ。わたくしも、まさにその頃のことを考えながら眠っていたのですから。

 ……なんだか気恥ずかしいので、決して言いませんけれど。

「それで、答えは出たんですの」

「はイ」

 大きくしっかりと頷くと、一七葉はわたくしをじいっと見つめながら、こう告げました。

「もしもこの先、ワタシが戦場に出ることがあったら。その時はワタシ、イムヤのために戦うデス。……ずっとイムヤと、こうして一緒にお昼寝できるように」

 そんな彼女の言葉に、わたくしはぷいと視線をそらして。

「……バカ。一七葉のくせに、生意気ですわ」

 そう呟きながら、勢いよく体を起こします。


 よく寝たからでしょうか。全身の疲れが取れて、なんだかすっきりとした気分。睡眠というものの心地よさは、いまだわたくしにとっては新鮮でした。

 ――あの日、一七葉の子守唄で眠ってからというものの。不思議と彼女と一緒にこうしている時だけ、わたくしは眠れるようになっていました。

 理由は、分かりません。今の調律官――あの仮面を付けた変態みたいな奴に一度話してみたところ、一七葉と一緒にいるとリラックスできているんじゃないか――なんて的外れにもほどがある返答が返ってきましたが、そんなはずないですわ。ええ、絶対。

 半身を起こしていると、涼やかな風がふわりと顔を撫でて、なんだか気持ちがいい。

 目を細めながら風を感じていると、遠くの方から鐘の音が聞こえてきます。この時間は、確か訓練の時間だったでしょうか。

 少しだけ考えた後、わたくしは一七葉に振り向いて口を開きます。

「そろそろ、戻りますわよ。サボるのは大事ですが、適当に真面目っぽさを演出しておくのもサボりの極意なのですから」

「なるほど、勉強になるデス」

 大真面目に頷く彼女を促しながら、わたくしはふわりと下に飛び降りて。

「さ、どうぞ」

 そう告げると、恐る恐る上から飛び降りてきた一七葉を「重力制御」で受け止めてやる。

 ……別に、やりたいからやっているわけじゃなく。彼女が怪我でもしたら色々と面倒なことになるから、仕方なくですけれど。

「ようし、そうと決まれば急ぐデス。イムヤ、校舎まで競争するデスー!」

「……はぁ!? あ、ちょっとこらこのアホ、待ちなさいな! フライングとは卑怯ですわ!」

 風を感じるようにして、両手を広げてアホみたいに走っていく彼女の背を目で追いながら、わたくしは大きなため息を吐き出します。


 戦う理由、だなんて。

 ……そんなことを言ったこと、すっかり忘れていましたわ。

「まったく、アホのくせに、変なところで真面目なんですから……あの子は」

 そう独り呟きながら、わたくしも少しだけ、思索にふけります。

 戦う理由。わたくしのそれは一体なんだろうと、そう考えたところで思わず、苦笑してしまいました。

 最初に思い浮かんだのが、あの子の――一七葉の呑気な寝顔で。

 だから結局わたくしも、あの子となのだと、気付いてしまったから。


「全くもう。わたくしも大概、人のことは言えませんわ」

 そう呟きながら、遠くで何やら不安げな顔をしてこっちをちらちら振り返っている一七葉の後を追う。……自分で競争と言ったくせに、何をしているのかしら。

 わざとらしく肩をすくめながら、わたくしはゆっくりと、一七葉の方へと歩いてゆく。

 まったく、困った寂しがりやですわ。あの子も、わたくしも。


 ――。

 わたくしは、一七葉の隣にいたい。

 ……わたくしに戦う理由があるとすれば、きっとそれだけ。

 たとえその先にあるのが地獄でも、天国でも。

 ……別にあの子が大事な、たった一人の友達だからだとか、あの子のことが大好きだからだとか、そういうのでは断じてなく――そう。


 あの子が隣にいなければ、わたくしは夜も眠れないから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る