第9話 翌朝 - 奇声


8月16日 朝10時


看護婦さんが言ったとおりに、翌朝首から上がスッポリ入る、ビニール製の酸素吸入室が作られた。


そこに酸素を送りこまれるようになり、マスクを外した本人も安心したのかぐっすり眠っている。


昨夜電話でなりゆきの急変を伝えた神戸のおじいちゃんとおばあちゃんが大慌てでやってきた。


おじいちゃん

「なりゆきは大丈夫なのか?」


「かなりヤバかったけど先生が言うには、特別な薬があるから大丈夫だと」

私は動揺させたくないからウソを言った。


おばあちゃん

「初孫がこんな姿になって・・・」

拝むようにして手をさすっている。



いきなり外でトラックのクラクションが鳴ったときにそれは起こった。


「ワーア、キャアーア、ブーン」なりゆきがまるで獣のような叫び声を挙げ始めたのである。


目はロンパリでどこを見ているかわからない状態であった。  


この状態には全員が驚いた。


というより「ついに、アホになってしまった」という言いようのない敗北感にさいなまれたのであった。


おじいちゃんが「かわいそうで見ておれん。代われるものなら代わってやりたい」とポツリといった。


まわりで音がしない時は静かであるが、大きな音がすると顔の形相はまるで今までとは違っていた。


「なーくん、お父さんやで、わかるか?」と聞いたら、目をつむって「ウン、ウン」と首だけ振っていたことが唯一の救いであった。


「まだオレをお父さんと認識できるだけの知能はあるんだ」と思った。


「しかしなぜこの子がこんな姿になってしまったのか」という運命を呪った。


「この子はなにも悪い事はしていないのに、天罰ならオレにきてくれ」と心の中で何度も叫んだものである。



この夜はほとんど一睡もしなかった。(できなかった)


この時思いだした、いやな事が2つあった。


1つは、5月の社内旅行に連れていった時の事である。


この時みんなで和歌山の白浜に行った際に、神社にお参りしたのである。


みんな他の子が「おもちゃ買ってほしい」とかお祈りしている時になりゆきは「死んだらお墓に入れますように」と言ってほかのみんなを驚かせたのである。


「縁起でもない」と私も思った。


それと2つめはわたしのメガネの事である。


発病の一週間前から2つあるレンズのうち1つが無くなったのである。


割れたのではなく無くなったのだ。


メガネそのものがなくなる事はあっても片一方だけレンズが無くなるのが不思議に思っていた。


私は子供は2人いるので、レンズが一つだけ無くなることが何かの暗示のようで気になってしかたがなかった。


人間は「貧すれば鈍す」でロクな事を考えないものらしい。

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