仮タイトル)紫陽花の棘
西山要
第1話 謎の青年の訪問
「初めまして。僕はあなたの旦那さんの不倫相手です。」
玄関先で奇妙奇天烈な自己紹介をしたのは、どこからどう見ても普通の青年だった。
今日は、水曜日で、週に二日ある休みの一日。私は休みだが、圭太は出勤なので、6時に一緒に起きて、昨日の夕食の残りを一緒に食べ、7時45分に出勤する圭太を見送った。二度寝をするには、脳も体も起きてしまっていて、せっかくの休日だからと、午前中に家事を済ませて、圭太が帰ってくるまで、ゆっくり映画を見ることにした。そして、午前中に掃除と買い物を済ませ、夕食であるハンバーグのタネも作った。昼食は、そうめんを湯がき、薬味を用意するのも面倒で、めんつゆだけでそうめんをすすった。午前中、動き回っていたせいもあり、昼食を食べると、急に脳も体も重たくなり、ぼーっとワイドショーを眺める。テレビ左上に表示されている時刻は1時20分。3本くらいは映画見れるだろうか。あぁ、でも眠い。
ピンポーン。
突然のチャイムにはっと目が覚める。宅配かな。私は最近買った覚えがないから、圭太のだろうか。今日宅配が届くと言っておいてくれればいいのに、そんなことを思いながらインターホンへ向かう。
インターホンの液晶に映っていたのは黒いキャップを被った青年だった。宅配業者の制服は着ていない。宅配業者じゃないっぽい、誰だろう。
ピンポーン。
返事をしないでいると、もう一度チャイムが鳴った。
「はい。」
部屋を間違えているかもしれないので、返事をする。
「早見圭太さんのお宅でしょうか。」
「はい、そうですが。」
圭太の知り合いだろうか、しかし、何の知り合いだろう。見たところ、青年は20歳前半、大学生くらいのように見える。
「突然すみません。初めて、僕は、圭太さんの恋人で、中野海といいます。」
今、何て言った?突然すみません、初めまして、僕は、圭太さんの恋人で、中野海といいます。僕は?圭太さんの恋人で?中野海といいます?彼が言った言葉を区切っていく。圭太の恋人?何を言っているんだろう。
「すみません、間違いですよ。それとも、いたずらですか。」
後半は少し語気が強くなった。どっかのはやみけいたさんと間違えている。いたずらだとしたら、なんと意味のない悪質ないたずらだろう。
「いえ、間違ってません。僕は、あなたの旦那さんの不倫相手です。奥様の里奈さんですよね?突然すみません、圭太さんのことで話があるんです。」
青年が言っていることがわからない。なぜ、私の名前を?全く名前の同じ夫婦がいるのだろうか。まあ、2人とも珍しい名前でもないし。
「何を言っているんでしょうか。」
私にはそれしか言えなかった。
「あの、信じられないかもしれないですが、本当なんです。エントランスでこんな話続けるのもあれなので、今日は帰りますが、これ、置いていくので見てください。失礼します。」
青年は、水色の封筒をカメラに見せてそう言ってから、お辞儀をして、くるっと背中を向けた。彼の後ろ姿を液晶越しに眺める。そして彼の言葉にはっとする。そうだ、エントランス、誰かに聞かれていないだろうか。マンションの住人と付き合いが深いわけではないが、変な噂を立てられるのは困る。
インターホンの画面が切れ、画面が真っ暗になる。しかし、動けない。彼の言葉を繰り返す。圭太さんの恋人です。中野海。里奈さんですよね?あなたの旦那さんの不倫相手です。これ、置いていくので。
人違い。いたずら。きっとどちらかだろう。でも、彼は間違いじゃないと言った。いたずらだとしても、何の目的だろう。
いや、やっぱり違う。だってありえない。圭太の不倫相手?ありえない。
でも、でも。
彼が置いていった水色の封筒。何が書いてあるのだろう。とりあえず、見てみるだけ。そうだ、見てみたら、人間違いかいたずらかわかるはず。そして、人違いだったら、「同じ名前の夫婦がいるんだねぇ。それに不倫相手が若い男の子だなんて、どっかのけいたさんはすごいね。」って。いたずらだったら、「お昼こんな変な男の子が来てね、ひどいいたずらだね。」って圭太と笑えるから。
そして、私は、水色の封筒の中身を確かめるため、ポストへ向かった。
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