第6話
伝票を持ってくるために立ち去ったシェフを見送った一同。その沈黙を烏間が破る。
「奥様、大事なことをお忘れでは?」
「…あら、忘れていたわ。先日のテロ事件は、二条院家がかなり関わっていました。」
一同に動揺が走る。
「禁術だけではなくですか?」
「亨さん、それ以外にあの集団をたきつけた人間がいました。その人間は二条院傘下の魔術師であることが判明しています。」
「御当主様、禁術とは?」
光流がすかさず尋ねる。
「未来婉曲使いです。そのせいで、私の予知から外れました。」
「ッ⁉」
文字通り光流は絶句していた。住吉も似たようなものであるが、冷静になるのは軍人であるからなのか、もとからの性なのか、光流よりも早かった。
「その禁術使いは?」
「国防正規軍倉崎魔術大将に処分されました。亨さんが目の前で確認済みです。」
「なるほど…国防軍と二条院に我々は後れを取っているようですね。我々住田家の諜報能力を高めますか?」
「…後れを取ったのは事実ですね。ただ…住田家は有栖院家の秘奥の一つです。あまり目立たせるわけにはいかないのですよ…」
零美の発言には葛藤があるように感じられる。
「そういえば、現在のところの最高秘奥の一つでした…」
「ええ…秘匿三家は、隠し通したいメンバーですからね。そして、その“百面相”を筆頭とする魔法技術も秘匿対象です。」
「弱りましたな…どういたしましょうか。」
「当面の間は、実務部隊として結奈さんと出浦さんを使うことになるでしょう。しかし…」
そこで一度ためを作る零美。
「戦力強化、並びに諜報能力の強化は必須ですね。」
そう言い切った直後、烏間の端末に連絡が入る。それを一読した烏間は、零美に告げる。
「在原殿が明日ご息女と共に謁見を求めています。」
「あら、珍しい。時間は烏間さんにお任せします。」
「承知いたしました。あと…巣鴨殿も…ご子息と共にお会いになりたいそうです。しかし、巣鴨殿はご子息の学校の予定上、夕方以降が良いと…」
「…櫻雄学園に火種はあったかしら?まあ、いいわ。とりあえず、そちらの日時の設定も烏間さんにお任せします。」
「承知いたしました。」
その後、会計を済ませた一行は、行きと同じように地下のVIP専用の入り口から車に乗り込み帰路についた。
因みに、亨と結奈を乗せた車はそのまま千葉を通り東京の有川邸に。その際、住田を乗せた、住田家配下の魔術師が運転する車と途中まで経路が一緒であったのは偶然ではなかった。来栖家は一部の魔術師が零美の警備についたが、それ以外は来栖光流と帰路についた。
その帰路では、監視するものも、襲撃する者もいなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
零美たちがレストランで密会をしていたころ、兵庫県のある屋敷。控えめに言って豪邸である。その廊下に執事に案内されている男女がいた。どちらも制服を着用していることから、学校終わりに直行したことが容易にわかる。制服を着崩した男が口を開く。
「何だってこんな日に、呼び出されるんだ?東京からくるのがかなり大変なのに…」
粗野な口調で話す男。男を横目でジロりと見ながら、物静かそうな優等生っぽい女がめんどくさそうに口を開く。
「…流星、仕方ないでしょ。」
「全く…斉宮のジジイも人使い荒いぜ、ケッ」
かなり態度の悪い男。しかし、男の言葉の中に斉宮というワードが出てきた。
そう院宮、それも十選家に選ばれる家柄の斉宮である。四宮一騎の話によれば、魔術師の数はさほど多くない家柄であるようだ。しかしながら、十選家に選ばれているのは、このガラの悪い男と物静かそうな女の家を配下、いや親戚として有していることと、斉宮家の当主が関係している。
「花田流星様、根来香帆様、こちらです。」
執事が廊下の一室の扉を開け中に二人を誘導する。部屋の真ん中にはテーブル、備え付けの椅子には白髪で立派な白いひげを蓄えた茶色いスーツを着た老人が座っていた。礼もせずにズカズカと部屋の中に踏み込む花田流星。一方の根来香帆は
「…失礼します」
一礼してから入室する。
「二人とも座りなさい。」
入室したのを見た老人は椅子を勧める。目は白濁している老人、果たして何を見ているのだろうか。
「で、爺さん。何の用だ?早く帰らないと明日の授業に間に合わない。」
「あなたは相変わらずだ。もう少し落ち着きなさい。」
流星をこのように諭せるのは、斉宮家の中では事実上この男だけである。
「さて、本題だ…櫻雄に有栖院家の関係者はいたか?」
「さあな…俺より強いのはいないぜ?」
「ホッホッホ…あなたの同年代であなたに勝てる者などほぼいませんよ。勝てるとすれば有栖院の幹部クラスの系列。おそらく、あなたがいるため、手を抜いているでしょうしね。根来さんはどう思われますか?」
「…多分いない…と思う、櫻雄には。」
「フム、そうですか。まあ、いいでしょう。」
一度その話題を切り上げる斉宮家当主。沈黙が場を支配する。それにしびれを切らしたのはやはり流星だった。
「で、ジジイ何の用だ。」
「ええ、先日のテロ事件はわかりますね?」
「数日前のだろ?」
流星は言葉で、香帆はコクリと頷くことで、既知の事実であることを示す。
「“鬼兵”が代名詞である“鬼体装甲”を使用した際、あの防御力を誇る体にとどめを刺したものがいるのですが…それがあなた方と同じ年の方のようです。」
「あ?…マジ…か?」
「‼」
言葉を失う流星と香帆。構わず言葉を続ける老人。
「ええ、襲い掛かる途中になぜか“鬼兵”は停止してしまったようですが…学生、しかも高校入学時点で、いくら止まっていようとも、かの者にとどめを刺す魔術を行使できる者などほぼいません。」
「おい、ジジイ。なんて奴だ、そいつは。」
「あなたなら興味を持つと思いました。女性で…」
「なに?女?…香帆と同レベルかそれ以上の奴がいるってことか?」
「ええ、事実ならそういうことになりますね。来栖燦、と言うそうです。並びに善戦した者もいたようで…そちらも在原夏樹、女性です。」
「「…」」
無言になる二人。しかし流星はすぐに立て直す。
「で、ジジイは何を望むんだ?」
フッと笑い、流星の問いに解答を返す。
「幸い、数週間後に合宿があるようです。場所は追ってお伝えしますが、合宿の折に実物を見てきてください。」
「…見るだけでよろしいのですか?」
香帆が疑問を呈する。それに対し
「私の予想では…いくらあなた方といえども、30%の確率で負けるでしょう。ですから、手を出さないが吉ですよ。」
老人の答えは残酷であった。しかし、二人とも老人の言うことに頷き、偵察の指令を受け入れた。
二人が東京に向けて帰った後、老人はまだ椅子に座っていた。机の上には4枚の紙。
「…
その紙を眺め、独り言をつぶやく老人。部屋の扉が執事によってノックされる。
「
「そうか。今行く。」
返答した久馬は、4枚の紙を綺麗に折りたたみ、懐へしまうと部屋から去っていった。
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