言葉の葬式でも使われない言葉
ちびまるフォイ
燃やせ! 使われない言葉!
くべられた火の回りにはキャンプファイヤーのように人が囲んでいる。
ここは文字葬式の会場。
誰もが沈痛な面持ちで静かに火の中へ言葉を投げ入れていく。
「もうこれも使わないな……」
『 卍 』
かつて大人気となった言葉も流行りをすぎれば時代錯誤の象徴。
文字を燃料に火はごうごうと燃え上がる。
今度はやたら肩幅の広いおじさんが火の前へ。
「これも……使わないな」
『魔法瓶』
『ビフテキ』
『たけのこ族』
『いためし』
参列者の多くはくべられた言葉を指さして「?」の表情。
一部の人はそれでも昔を思い出してハンカチで涙を拭った。
「もうあの言葉に会えないなんて……」
「泣かないで。辛いのはあなただけじゃないわ」
今度はひときわ若い子が火の中へ言葉を入れた。
『マジ』
それを見た人たちは慌てる。
「お、おいおい! この言葉はまだ使うだろ!?」
「いや使わないよ。いまどきこんな言葉使ってたらそれこそやばい」
「ええ……? ほんとに……?」
「若い子の言葉ってこんなにも早いんだ……」
一度火の中に投げ入れられた言葉はもう戻らない。
参列者もまだ「マジ」が古い言葉には思えなかったが、
最先端の人たちが古いと断言した以上、使うわけにはいかない。
「あの言葉も捨てちゃおうぜ」
「だな」
参列した若い子の集団はバケツいっぱいに言葉をかかえてきた。
「おいおいそんないっぱい何を燃やす気なんだ?」
「丁寧語」
「はぁ!?」
これには参列した大人たちがすぐに立ちふさがった。
「それを捨てさせるわけにはいかない! 絶対に!」
「いやもう俺たち尊敬語とか丁寧語とか使わないし」
「だよね。先輩でもタメだよね」
「基本ジャニーズシステムだよね」
「ビジネスシーンでも使うんだよ! 君たちはまだわからないかもしれないが!」
「《 ものすごく優れた英語(誰かに書いてもらう) 》」
「……!?」
「あんたたちの世代じゃどうか知らないけど
俺たちはもう公用語は英語だから丁寧語とかそういう概念ないんだよね」
「それにもう上限関係とか意味ないし。
タメで話して効率下がるとかそういうものないでしょ?」
「いやそれは……なんていうか……」
「じゃ捨てるね」
「あちょっと!」
バケツから丁寧語や尊敬語が火の中へ投げ込まれるそのとき、
参列者の中で最も高齢なおじいちゃんがその手を止めた。
「待ちなさい。あんたら言葉の大切さをわかっとらんじゃろ」
「誰だよあんた」
「使わなくなったものをポンポン捨てるものじゃないよ」
「でももう使わない言葉だよ」
「本当にそうかい? 今、君が捨てようとした言葉に
ぴたりと代わる言葉がこれから生まれてくるのかい?」
「丁寧語は英語使えばいいし、すごいときは"やばい"で代用できるし」
「君は選ぶ言葉の選択肢が減っていってるんじゃよ。
英語が使えなかったら、やばいが使えなかった時に
どうやって相手に自分の意思を伝えるんじゃ」
若者はおじいちゃんの説教に心を打たれた。
「俺たち間違っていたよ。たしかに代用できるかもしれないけど
もし使えなかったときのことを考えてなかった!」
「これからもう言葉を簡単に捨てようとしてはダメじゃよ」
「はい! ありがとうおじいちゃん!」
「わかれば……うっ!」
「お、おじいちゃん!?」
おじいさんは急に胸をぎゅっと握りその場に倒れ込んだ。
言葉葬式の会場から病院へと緊急搬送されたが命に別状はなかった。
「危なかった。対岸で死んだばあさんが手を振っていたよ。
お医者さん、それでわしの病気はなんなんじゃ?」
「ええ、それですが」
医者はカルテを手に取り読み上げた。
「周囲の外的アセスメント要因で体のアーカイヴが
イノベーションしたことでダイバーシティ化するため
アウトソーシングされた細胞アナリストのコンセンサスを得ています。
オンデマンドであればファジビリィ高いうちにインフォームドコンセントしましょう」
おじいちゃんはすぐに答えた。
「そんな言葉すぐ捨ててこい!!!」
言葉の葬式でも使われない言葉 ちびまるフォイ @firestorage
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