第32話 思わぬ出会い
玉泉洞という洞窟にきた俺たちは、馬車で入れるところまで入り、その先は徒歩で進むことにした。
「相棒、周辺探査魔法だ」
馬車から降りると、俺は相棒に声を掛けた。
「うん、出入り口が地中にあったお陰で、特に魔物はいないみたい。罠までは分からないから気を付けて」
「分かりました、行きましょう」
俺たちは、ランサーの後に続いて洞窟の奥へと進んでいった。
「かなり風化していますが、明らかに人の手が入っている洞窟です」
凍えるような寒気のなか、ランサーが笑みを浮かべた。
「まあ、よく分からん玉泉の魔法石があるなら、当然だけどな。大丈夫そうか?
これはランサーに返した。
「もっと明かりを……って、自分でやればいいですね」
ランサーは呪文を唱えた……が、なにも起きなかった。
「あ、あれ?」
「うん、この洞窟全体におかしな魔力の力場が出来てるね。これでも発動出来るほど慣れてないと、ちょっと難しいかな」
相棒が笑みを浮かべた。
「先でいいんだな。相棒のいうとおり、ここにはなんともいえねぇ魔力の力場がある。無害だと思うが、オススメしないのはそういう理由もあったりする。でも、いくんだろ?」
俺は行く先に無数の「明かり」を浮かべ、苦笑した。
「……そうですね、ここまできたら先が見たいという、当たり前の好奇心が働いています。無理だと思ったら引き返しますので」
ランサーが苦笑した。
「いいんじゃねぇの。それで。俺はまだ気が進まねぇけどな!!」
俺は苦笑した。
再び前進を開始した俺たちは、人一人入れるかどうかの岩の合間を抜けたり、床や天井から伸びる鍾乳石を眺めたりしながら、相棒の周辺探査の魔法で、人が入れる最奥部と判断された場所に出た。
「ここがゴールですか、清々しい空気ですね」
ちょっとした広間のようになった場所で、俺たちはその景色を見回した。
「魔力の力場の中心もここだ。なんの魔法か分からねぇが、きたからには探してみるか」
「コーベット、無茶しないようにね!!」
相棒が声を掛けてきた。
俺は目を閉じ、魔力の流れを慎重に辿った。
「……この壁に集中してるな。正面奥の壁だ。まさかと思うが、この壁自体が玉泉の魔法石の一部かもしれん。触るなよ」
俺がいった途端、その壁が光り始めた。
「ま、マジかよ!?」
「さ、触ってないのに!?」
俺と相棒が同時に声を上げた。
「あ、あの、もしかして、魔力の発生源を探っても『触った』と認識されるとか!?」
「あるいは、気がついてもアウト!?」
ケニーとコリーも声を上げた。
「わ、私はどうしたらいいか……」
ランサーがとりあえずという感じで、ケニーとコリーを抱きしめた。
その間にも光りは強くなり、やがてガラスが割れたような音が響いた。
奥の壁がごっそりなくなり、その向こうには笑みを浮かべた長身の人間? が立っていた。
「あなたですか、煩わしい結界を解いて下さったのは。私はウダヌス。この世界を支える神です」
ウダヌスとなのったその人は、いきなりとんでもない事を言い出した。
「……俺、脳細胞がぶっ飛んだかも。あとは頼んだぞ、相棒」
「な、なにを頼まれたの。大丈夫、正常だから!!」
ぶっ倒れたフリをした俺を支え、相棒がワタワタした。
「これは可愛らしい恩人ですね。あなたが外から触って頂かないと、この結界は永劫消える事はなかったのです。それでも、神の力はある程度使えましたが。さもなくば、私を封印した段階で、世界は消滅していましたので、人というものはそこまで愚かではなかったということですか」
ウダヌスは俺に近寄り、そっと抱き上げた。
「……食うのか。不味いぞ?」
「助けて頂いて、なぜ食べるのですか。皆さんもそう警戒しないで下さい。なにもしませんから」
ウダヌスは俺を地面に降ろした。
「早くこの忌々しい場所を出たいです。詳しくは見えなかった、外の様子がどのように変貌したかを見たいですしね」
「お、おい、早く出るぞ。抱かれて分かった。魔力に近い、とんでもねぇ力を持って姉ちゃんだぞ!!」
叫びながら、俺はちょうど空いていた相棒に抱きついた。
「ぼ、僕に抱きついてどうするの。なにも出来ないよ!?」
「うるせぇ、そこで立ってろ。猫パン食らわすぞ!!」
俺は相棒に怒鳴った。
「……コーベットが壊れそうですね。分かりました、取りあえず地上に出ましょう」
緊張の面持ちでランサーが行って、俺たちは元来た道を引き返したのだった。
洞窟から馬車に乗って出て、明るい日差しの下に出ると、背後で洞窟が地下に消えていった。
移動するのも面倒だった事もあり、俺たちはその場でメシを食うことにした。
ランサーがいうにはちょうど昼くらいだとの事だったので、これが昼メシだった。
「やはり、外はいいですね。助けて頂いたお礼なら、いくらでも致します」
ウダヌスは笑みを浮かべた。
「礼なんて……意識してそうしたわけじゃねぇし、あれで触ったって判定されて、ビビったぜ」
手早くメシを作る輪から離れていた俺は、ウダヌスに正直に返した。
「はい、強力な結界だったので、存外脆かったのです。結界が解かれないようにと、あんな場所に閉じ込められた所以ですけれどね」
ウダヌスは笑みを浮かべた。
「あ、あのよ、なんかやっちまったのか?」
俺は恐る恐る聞いた。
「私は神は神として行動したに過ぎません。世界の維持管理に必要な作業を、人間たちがどう受け止めるかまでは予測出来ません。悪い事をした意識はないですよ」
ウダヌスは頷いた。
「そ、そっか、視点がもう違うんだな」
「賢いですね、その通りです。もちろん、なにもなければ目立った事はしませんよ」
ウダヌスは笑った。
「そ、そっか……。あのよ、これからどうしたいか聞くぜ。どうなんだ?」
「そうですね……」
ウダヌスは晴天の空を見上げた。
「せっかく結界が解かれ、あちこち移動出来るようになったのです。世界の管理はもちろんやりますが、お邪魔でなければご一緒させて頂きたいです。冒険者でしたっけ。今この時の情報は把握していますが、実際にみるのは大事な事です。お邪魔なら姿を消す事も可能なので、ぜひ」
ウダヌスは笑みを浮かべた。
「それは、みんなに相談だな。それで、根本的に聞くが神ってなんだ?」
俺が聞くと、ウダヌスは笑った。
「そうですね。本来はここに存在しない、影の便利屋とでもいっておきましょうか。誰も知らないところで、世界のバランスを取るために、色々やっています。私が守るのはあくまでもこの世界です。場合によっては、そこに住まう者には不利益な事もありますが、全ては必要な作業なのです」
「き、規模がでかすぎるぜ……いいのかよ。そんな事やってるヤツが、俺たちと行動なんてしてよ」
「はい、そうしていても世界の様子は勝手に入ってきます。例えば、あなたが知ってるところで魔王ですが、今は臣下のデーモンを連れて公園の草むしりをやっていますよ。可哀想なので、理由と場所はいわないでおきます」
ウダヌスが爆笑した。
「あ、アイツより思いっきり格上じゃねぇか。ってか、草むしりってなにやってんだよ!!」
俺は笑った。
「はい、色々ですね。魔王といっても、苦労は絶えないようです」
「ったく、なにやってんだよ!!」
俺は笑って腹を押さえた。
「イテテ……ワハハ!!」
腹痛すら伴う爆笑で、俺は酸欠になりそうだった。
「おーい、なんか楽しそうだけど、メシだぞー!!」
ケニーが叫んだが、俺はしばらく動けなかった。
「私たちと……同行ですか。それは構いませんが」
メシを食べながら、ランサーがいった。
「はい、極力邪魔にならないようにしますので、よろしくお願いします」
俺たちと同じメシを食べながら、ウダヌスが笑みを浮かべた。
「私たちは、特に嫌じゃないし、ランサーがいいなら文句ないよ」
ケニーとコリーが頷いた。
「俺たちもいいぜ」
「うん」
俺と相棒も頷いた。
「分かりました、よろしくお願いします。神とはまた、とびきり変わっていますね。このパーティはおかしい」
ランサーが笑った。
「よし、そうと決まればまたパーティの変更届けとかあるんだろ。早く戻って済まそうぜ」
「はい、分かっています。これはまた悩みますが、神と書いたら下手な冗談としか思われないので、便宜的に人間としておきますね」
「はい、その辺りは適当にお任せします。それにしても、こんな洞窟よく見つけましたね。今ではただの草原なのに……」
不思議そうに呟くウダヌスに、ランサーが笑った。
「そこから、あなたを助けたというコーベットの活躍が続いているんです。いなかったら、そもそもこの場所に来ることもなかったでしょう」
「なるほど、全ては意味がある……ですか」
ウダヌスは笑みを浮かべた。
メシの時間もそこそこに、俺たちは街に戻った。
そのまま馬車で役所にいき、ウダヌスの冒険者登録などが完了した。
宿に戻ると、いつものように俺たちを降ろして、ランサーが馬車を駐めにいった。
「なんだ、新しい客かい。もう部屋は満室だから、猫たちの部屋でいいか?」
宿の兄ちゃんが声を掛けてきた。
「俺はいいぜ。広すぎて落ち着かなかったんだ」
「うん、いいと思うよ」
俺と相棒は頷いた。
「これはどうも。そのお部屋をみたいですね」
ウダヌスが笑みを浮かべた。
「分かった、じゃあいこうぜ」
「うん、いこう」
俺たちは、階上のいつもの部屋に戻った。
「どんなお部屋でもあの結界の中よりはマシだと思っていたのですが、素敵なお部屋で安心しました」
「俺たちは手頃なサイズのソファに移動するからよ。そのベッド使ってくれ」
ウダヌスは頷き、ベッドに座った。
「これはいいですね。気に入りました」
ウダヌスは寝たり起きたりしながら、笑みを浮かべた。
「気に入ってくれりゃいい。服に毛がついちまうけどな」
「それは、私の力でどうとでもなります。お気遣い無用です」
ウダヌスが笑みを浮かべた時、扉がノックされてケニーが入ってきた。
「ちょっと、ムスタを借りるよ。次の目的地を決めないと!!」
「うん、そうだね。コーベット、いってくる」
相棒は笑みを浮かべ、ケニーと共に部屋から出ていった。
「あいつらが、あの洞窟に行きたいっていわなきゃ……な。俺はなぜか気が進まなかったんだが、あの結界の放つ魔力力場を感知していたのかもな。あんな強大な魔力で結界なんて張ったら、中にあるなにかは長持ちしねぇよって、危険エリアだって感じてたんだ」
「はい、私が神だから大丈夫だったのでしょうね。中にいたのがこんなのでごめんなさい」
ウダヌスが笑った。
「いや、いいけどな。猫には分からん相手だ。これも、怖さのうちかもな」
俺は小さく笑った。
「怖いですか、猫特有の警戒心ですね。大変いいことです」
ウダヌスは笑った。
「さて、私の封印が解かれた事で、今まで惰眠を貪っていた天使たちも目覚めたようです。天使とは私の部下のようなもので、世界の維持管理に不可欠な存在です」
「へぇ、そんなのがいるんだな」
俺は思わず呟いた。
「はい、数は万を大きく超えます。なかには、人間などに姿を変えてこの世界の住民に成りすまして仕事をしている者もいます。もう、何人かとすれ違っているかもしれませんね」
「ま、万の単位かよ。どこまでもスケールがデカいぜ!!」
俺は苦笑した。
「これが、神が日常でやっている事です。今こうしている間にも、寝ぼけた天使たちをシャキッとさせて、仕事をさせているのです。これで、かなり楽になりました」
「……なにもしてないようで、結構忙しいんだな」
俺は苦笑した。
「さて、今日のご予定は。久々の外界で楽しいのです」
「そうだな……もう夕方だから、外出できる時間じゃねぇんだ。街に入れなくなっちまうからな。あとは、メシ食って寝るだけで、基本休憩だぞ」
俺がウダヌスに答えた時、扉がノックされてランサーが入ってきた。
「すっかり馴染んだようで、なによりです」
「はい、お陰様で」
ランサーとウダヌスが笑った。
「歓迎会というほどではありませんが、ここのオーナーがとっておきの蔵出し葡萄酒を開けてくれるそうです。よろしければ、ご一緒に」
ランサーが笑みを浮かべた。
「それはぜひ。神のエネルギー源はお酒ですから、ご一緒しましょう。では、また」
俺に声を掛け、ランサーとウダヌスが部屋から出ていった。
「さて、俺は昼寝でもするか」
俺はソファの上に乗り、丸くなって目を閉じたのだった。
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