後始末
ロランはヴォルダに金印免罪符を四十枚売りつけたうえに、事業をやめて全財産を教団に寄付することと、自首して地方総督の裁判を受け、罪を償うことを約束させた。
そしてロランは、ヴォルダの手下たち十六人にも、しっかり朱印免罪符を売りつけた。そういう細かい点を外さないところが、免罪符売上一位の座を維持する秘訣なんだろう。
僕らがふらふらの足取りで旅籠の部屋に帰り着いたのはもう真夜中近かった。
大変な一日だった――長椅子に身を投げ出したとたん、疲労と恐怖が一気に追いついてきた。
よく考えてみると、こうして無事に切り抜けることができたのは、神のご加護以外の何物でもない。一つ間違えば僕は今ごろ〈生命の欠片〉に狂って信仰を捨てていたかもしれないし、僕を探しに来たロランも荒くれどもにやられて闇に葬られていたかもしれない。本当に危ないところだった。
僕は静かに神に感謝の祈りを捧げた。
「今日の件の報告書と計算書はおまえがまとめとけ。俺もう寝るから」
寝台にうつ伏せに倒れこんで、ロランが唸った。僕は反射的に口を尖らせた。
「えーっ、なんでいつも僕なんだよ。たまには君も書類ぐらい書けよ」
「たまにはおまえも免罪符を売れ。そしたら俺が計算書を書いてやる」
「僕だって今日は疲れてるんだ。ヴォルダさんの、あの内臓ぐちゃぐちゃを癒すのは大変だったんだからな。あそこまでぐちゃぐちゃにしなくてもよかっただろ?」
文句を言いながらも、僕は素直になれない自分をうらめしく思っていた。
本当は助けてもらった礼を言わなくてはならないのだが、どうしても、内心で七転八倒しても、「ありがとう」の語がひねり出せない。感謝を口にできないなど信仰者としては失格だ。
ロランの顔色は今もまだ、ただごとじゃなく悪かった。
微子合成をはじめとする、守護天使を媒介としない法術は、今のところ教団内の規則で禁止されている技なのだ。不完全な円弧の開放状態で法力を放出することは術者の身体にとてつもない負担を与え、ときには死に至らせることもあるためだ。
普通の使徒ならそんな技、行使することすらできない。
あのときロランは僕を置き去りにすることもできたはずなのに、助けに来てくれた。大勢の敵の中へ。禁じられた危険な法術を使ってまで。
ロランはこんな風に、ときどき思いやりがあるから、憎みきれないんだよな。ふだんは乱暴で横暴で怠け者でどうしようもない奴だけど。
僕は覚悟を決めて、深く息を吸った。顔を見るからいけないんだ。顔さえ見なければきっと言える、礼の言葉の一つや二つ。
「ロラン。さっき、ヴォルダの研究室で、君は……」
懸命に首をねじってロランを視界に入れないようにしながら、僕は切り出した。すかさず不機嫌な言葉が返ってきた。
「なに? 『ちびだから見つからずに物陰に隠れられたんだろう』ってか?」
「だ・れ・も・そんな話してないだろ!? せっかく人が不本意ながらもお礼を言おうと努力してるんだから! 最後まで言わせてくれよ!」
「…………感謝は不本意ながらするもんじゃねーだろ」
「わかってるよ! こういうときだけド正論を言うのやめてくれるかな」
僕は椅子に座ったまま背筋を伸ばした。ロランをまっすぐ見て、やけくそで叫んだ。
「えーっと。助けに来てくれてどうもありがとう。あと……僕を何度も蹴ったのも、僕を助けようとしてやってくれたんだよな? 僕に〈生命の欠片〉を吐き出させようとして? それについてもお礼を……」
「何ぬかしてんだ。頭にきたから蹴ったに決まってんだろーが。『貢献できないにしても足手まといにだけはなるな』といつも言ってるのに、性懲りもなく、あっさり捕まりやがって。どこまで手間をかけさせりゃ気が済むんだ。物事をややこしくするのはおまえの趣味かよ」
「うえー、やっぱり? ……感謝して損した。がっかりだよ」
「がっかりしてるのはこっちだ。俺たちがこれまで巻きこまれた厄介事は、十のうち九つまでがテメエのせいだぞ。お約束みたいに毎回毎回ドジ踏みやがって」
「そ……それは言い過ぎだろう? 僕のせいで巻きこまれた面倒の三倍ぐらい、君が自分から面倒を引き起こしてるよ」
いつもの言い争い。けれども僕は、形だけでも礼を口にできて、気が軽くなった。
ロランは早くも眠りに落ち始めているようだ。うつ伏せたまま、聞き取りにくい、はっきりしない声でつぶやいた。
「これは一度だけしか言わねえから、よく聞いとけよ」
「何だよ」
「俺はときどき、おまえがうらやましい。おまえほど底なしの単純バカだったら、きっと世界はもっと違って見えるだろう」
「え? それは、褒めてるのか? それともものすごい悪口?」
ロランが答えなかったので、僕は例によって悪口を言われたのだろうと解釈しておくことにした。窓の隙間から音を立てて吹き込んできた風が、「バカならいちいち人を疑わずに済むからな」というつぶやきに聞こえたけれど。たぶん空耳だ。
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