辺境領の醜悪領主
スイカ男
第1話 慈悲無き領主
「ご勘弁ください領主様!! 今年は不作が続き、これ以上税を納めては飢え死ぬ者もあらわれます!!」
必死に頭を下げる
「ふむ……で?」
「は?」
領主から発せられたのは、慈悲でも叱責でもなく問いかけだった。
年嵩の男は問いかけの意味がわからず、間の抜けた声を出してしまった。
通常で考えればあまりにも不敬である。
しかし領主は気にした素振りもなく、再び問いかけた。
「それで、我輩はその
あまりにもな話である、年嵩の男の必死の訴えは領主にとって茶番にしか映らなかったらしい
「ちゃ……茶番、ですと……? 領主様は我らに飢えて死ねと申すのですかッ!? 領主様にとっては茶番のように映るやもしれません! ですが我らにとっては死活問題なのですッ!!」
エスタニア皇国とクレンベルカ王国の国境、その辺境にて領地を賜っている辺境領伯爵、それがなおも冷めた目付きで年嵩の男を見つめる男の役職である。
「……我輩は無茶な要求などしておらん、規定の税を納めよと申しておるのだ」
領主は口を開くのも億劫そうに、言葉少なく要求を伝えた。
「今年は不作だったのです、麦も野菜も痩せ細り買い叩かれてしまいもう村には捧げられるものは残っておりません……」
年嵩の男――村長――は膝をつきうつむきながら弱々しく言った。もはやこの村には村民が食べる分しか残っていないのだ、無い袖は振れない、と。
「ならば代わりのものを用意すればよかろう? 幸いこの村には随分と子が多いようではないか。それに……若い娘も」
二チャリと笑みを浮かべ悍ましい要求をする領主に、村長は顔を歪めた。
そもそもこの領主は評判が良くない。
辺境地の領主ともなれば周辺領や国からの監視が届きにくく、それこそ好き勝手し放題である。
やれ気に入った娘を手篭めにした。やれ気に入らないからと村人を切って捨てた。年端も行かぬ幼子を面白半分に犯し孕ませた等々兎角悪い噂が絶えないのだ。
そんな男のもとに女子供を渡せばどうなるか、火を見るより明らかである。
領主の目線の先には年若い少女が不安げに、何かに縋るような目をして立っていた。
悲壮な覚悟を決めた人間の表情にも取れる。
「なっ……! 出て来るなと言っただろう! 申し訳ございません領主様ご勘弁を! どうかご勘弁下さいませ!」
そんな領主を相手にするのだからと、若い娘や子どもたちは皆家の中に隠して外に出ないよう言いつけていた。
醜女や歳嵩のいった女、あとは労働力になる男のみが出張って領主
何より、領主軍。そう、村を包囲して余りある人員を引き連れてこの村まで領主はやってきたのだ。
名目上は行軍演習。
しかし明らかに村人を威嚇するためであり脅しである。
武力を見せつけられただの村人――それも食うに困る貧民――が抵抗などできるはずも無い。
その点この村長は頑張った。機嫌を損ねているのは明らかだが、その上で領主に許しを乞い続けなおかつ反論までしてみせている。
領主も領主で遊んでいるのか村長との問答を繰り返していた。
しかし、やはりそこは悪名高き辺境伯。弱り果てながらもなかなか折れない村長に業を煮やしたのか、話を打ち切り決定事項として若い娘と年端もいかぬ子どもたちを全て連れて行ってしまった。
「……っぁあああ!!!」
村長の慟哭が、村人を守れなかった慚愧の念が悠々と去っていく領主軍の足音と共に響き渡った。
◢◣
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悠々と行軍をしていた領主軍が急に止まり、豪奢な馬車に乗っていた領主がそのブヨブヨとした身体を引きずり出した。
たっぷりと蓄えた二重あご。頭髪は無く体は横にも縦にも大きすぎる。前述の通りブヨブヨと脂肪の塊以外の何者でもない。
肌の色は浅黒く、ところどころ黒く変色している。
肉に押し上げられているせいか目元は常にニヤけて見える。
にも関わらず、他者に好印象を一切与えない。笑みを湛えているのではなく、侮蔑と嘲笑を形作っている。
醜悪にして邪悪。正しく悪徳貴族を絵に描いたような佇まい。
それが俺の目の前にいるクレンベルカ王国貴族アロダンテ・イェル・ゼン・ナブア辺境伯だ。
わざわざ行軍を止めて外に出てくるとは……お次は一体どんな無茶をするつもりだ?
「さて、ここまでくれば良いな。魔術師団、あの村を焼け」
俺は言葉を失った。
正直理解が追いつかなかった。何を言っているんだこの男は?
村を焼け? 先程子供と女を奪い去り、三里は離れているこの場所まで届く慟哭を聞いて村を焼く?
この男は……コイツはっ!! 人の皮をかぶった悪魔だ! やはりあの方の言っていたことは正しかった! 生かしてはおけない、しかしここで手を出せば逆に俺が殺されるだろう。
同志を集めて計画を遂行するしかない。
今この外道に疑われるわけには行かない、目をつけられるわけには行かない。
だから……っだからっ!! 耐えろ! あんなにも村を思う村長をっ、子供や若い娘を匿う心優しき村民をっ! 今の俺では救えない!! クソっクソクソくそったれ!!
「炎の第二構え。放て」
必死に耐えて震える手足を押さえつけ、噛み締めすぎた口から血を流しながら心を落ち着けている間に、外道の口からなんの感慨もなく冷たい命令が放たれていた。
ハッとして目を向けると、人の頭サイズの炎の塊が空を切り村のある方向へ飛んでいくところだった。
炎の第二は炸裂延焼の魔術だ。
被弾すれば木造家屋しかないあの村は四半刻もしない内に焦土と化すだろう。
案の定、次々と着弾した火の玉はその役割を十全に発揮し、今や村のあった場所は大きな炎の塊とかしていた。
村人の苦しむ様が……怨嗟の声が聞こえるかのようだった。
一方その地獄を作った領主は醜悪な顔をさらに歪めて声を漏らした。
「んぐふふ、んふふ。さて、これで
目的……? まさか……まさか……っ!?
女子供を無理やり攫っておいて! その上で村を焼くことがもともとの目的だったと?!
ならば、村長たちは……あの村の人たちは一体何のために! なんの罪があってこんな非道を受けねばならないのか!!
理由もわからず焼かれ苦しむ民を嗤うこの悪魔がなぜ辺境伯などという地位にいるのか。
力のない自分が悔しい! ナブア辺境伯! 必ず貴様を断罪してみせる! 今は嗤うがいい!! 近い未来その罪を贖わせてみせる!!!
その日の夜、辺境領から一人の若者が出奔した。
軍に所属していた彼は過酷さから逃げ出したとして処理された。辺境領ではよくある話である。
学もなくコネもなく覚えも悪い彼の事を気にする者は誰もいなかった。
件の辺境伯を除いて。
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