第34話 工場見学(1)
さてさて、ばっちり抱かれた次の日。
今日はヴィゼル様とお出かけです。やったね。
「梨花、行くぞ」
「はーい」
服が無いのでここに来る時に来ていたワンピースにした。
後はいつものペンダントと指輪。
「あ、ヴィゼル様、今日は軍服なんですね」
「ああ、そうだ」
ちょっと久しぶりな彼の軍服姿、イイ。
しかも黒地に金の縁どりがしてある手袋までしている。ほぅ、、あの手袋欲しい。
「やっぱり軍服かっこいいです」
「そうか。私は堅苦しいから嫌いなのだが……貴様が好きならば、我慢出来る気がするな」
いけめんんん。
「ここからは遠い。汽車に乗るぞ」
「はいっ」
馬じゃ無いんだ。ま戦闘機あるくらいだから汽車だってあるよね。
エストラルには無かったから新鮮だ。
今回は公式の視察なので、王族専用車両というやつに乗った。私とヴィゼル様の二人きりである。
「えっ……これが……汽車?」
部屋かと思った。
壁は赤くて少しふわふわ。ゆったりとしたソファに大きなテーブル。床はカーペットが敷いてあった。
……これが汽車なんだ……凄い。
「梨花、これは王室御用達だ。普通は座席のみだからな」
? どうやら庶民と王族だと違うらしい。
「分かっていない顔をしているな……くくっ」
謎に笑われた。失敬な。
「……むー」
ぷくりと膨れたらヴィゼル様は笑うのを止めて微笑んだ。
頬に手が添えられ、ぷしゅうと空気が抜ける。
「……可愛い」
「!!」
必死に抵抗したけど彼はそんなの意に介さず、ぎゅうと抱きしめられた。
「軍服硬いですね」
「だろう?」
久しぶりだから尚更硬く感じる。
……でも、かっこいい♡
「帽子被ったヴィゼル様素敵すぎます〜」
はみ出ている金髪がもう
「そうか? ありがとうな」
彼はそのままどさっとソファに身を沈める。
「……この体勢、好きですよね」
「ああ。梨花が間近で見れるからな。逃げないし……キスだってし放題だ」
ちゅ、と軽く唇が触れて、すぐに離れる。
「……もうっ!」
「はは、照れる姿も可愛いな」
黒い手袋で頭を撫でられる。……し、至福。
と、汽車が止まったようだ。
「よし、着いたな。降りるぞ。まずは私から降りてくれ」
「……言われなくても降りますよ!」
♦
降り立った先には、とても巨大な建物があった。
それ以外は広大な敷地が広がっている。
「ここが……工場ですか?」
「ああ。工場、もとい強制収容所だ」
入り口に回る。すると、建物の外観が見えた。
「え」
想像とは真逆の光景に、しばし立ちすくんだ。
白を基調とした建物は大きな窓が沢山あり、中にはガラス張りの部屋も見える。そして隣は温室になっているようだ。こちらも透明な物で覆われていた。緑が沢山見える。
「えー……」
「まだ驚くには早いぞ」
中に入ると(何と自動ドアだ!)、見事なまでに開放的な空間が広がっていた。
「えええええ」
吹き抜けの天井、光が建物の奥いっぱいにまで届いている。何階あるのか分からないけど、天井にはゆっくりとプロペラが回っていた。
あのプロペラ何だろう。まいいや。
「私が視察をしている間、自由に見学していていいぞ。連れて行ってやるから、どこに行きたいか言え」
そして何やら地図を渡された。
施設がいっぱいある。その中でも大部分を占めたのが、外にあった農園だ。
「ヴィゼル様、ここ行きたいです」
「ん?
ヴィゼル様は建物の奥に進んだ。建物と農園は繋がっているらしい。
「うわぁ……」
幻想的とも言える光景に圧巻した。
緑が日を受けてキラキラと輝いている。
バナナやリンゴ、オレンジなどがわんさか実っていた。
「ここは温度管理がしてあるから、一年中収穫が出来る。体験したければそこら辺にいる奴に聞け」
体験なんてできるのここ?!
唖然としてヴィゼル様を見上げると、彼はん、と呟いた。
「このままでは動きづらいか。来い、確か収容者用の普段着があったはずだ」
「詳しいんですね」
ヴィゼル様はふっと得意そうに笑った。
「当たり前だ。私を誰だと思っている?」
「えーと……ロステアゼルムの陸軍大将様ですかね」
「当たりだ」
私たちは取り敢えず、そこから三階に移動した。
彼が持ってきた普段着とやらに着替える。
綿で作ってある至って普通のTシャツと、膝丈のパンツだった。
「済まないな、貴様のサイズはそれしか無かった」
「何で私のサイズ分かるんですか……っ」
彼は当然のように言う。
「これだけ抱いているんだ、流石に分かる」
カーッと頬が赤くなった。
ともかく、私は無事何事もなく(?)着替え終え、また農園に戻った。
「終わったらまた来る。それまでいい子にしていろよ」
「はいー」
私は早速農園を歩いて回った。
よく見ると、ここには果物の他に野菜や花なんかも植えてある。
あとはコーヒー豆とかサトウキビとか……そういったものもあった。
結局、私は果物の収穫がしてみたいと思い、そこで林檎を採っていたおじさんに声をかけた。
「あのー、収穫をお手伝いさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
そのおじさんは振り返るとにっこり笑って頷いた。
「ああ、ええよ。好きなだけ採ってきな。そこにカゴがあるから、使いなさい」
「ありがとうございます」
何て優しいのでしょう。
とても「強制」労働している風には見えなかった。
私はカゴを取り、林檎をひとつもぎ取った。
「……楽しい」
ある程度カゴに溜まったところで、今度は三十代くらいの女性に話しかける。
「あの、収穫した林檎はどうすれば良いですか?」
女性はこう言った。
「えーっとね、自分の分を取ったら向こうの建物、大きな機械があるでしょ。その前の箱に持っていくの」
自分の分……?!
いよいよ優しすぎる大将に何も言えなくなる。
「あ、ありがとうございます」
取り敢えず二個ほど頂戴して、箱に林檎を入れた。
……みんな、自分から進んで働いているように見えた。
こんな世界が、あったなんて。
少し前まで絶望の真っ只中にいた人々が、こうして笑顔で働いている……
信じられなかった。
お父さんとお母さんも、ここに来れたら良かったね。今頃一緒に頑張って働いていたかも。
……そして、私はたまに見る大将に恋をしていたかもしれない。
「……さて、と」
次は野菜でも収穫してみようかな。
ちょうどトマトが全盛期だ。ホテルで潰してしまった分、頑張って収穫しないと。
「あのー! トマト収穫しても良いですかー?」
「勿論。どうぞ遠慮なく」
……みんなとても優しい。
けれど……
私が敵国側から来たって知ったら、どう思うのかな。
少し複雑な思いを抱え、私はトマトを収穫した。
♦ヴィゼルside♦
私は農園に戻った。
梨花を探すが、果樹園にはいないようだ。
近くにいた男性に聞いてみる。
「おい、先程ここに少女が来なかったか」
彼は頷いた。
「ああ、来ましたよ。あちらに行かれましたが」
「そうか。助かる」
立ち去る寸前、彼に頭を下げられた。
「看守様、いつもありがとうございます」
「……気にするな。感謝するのはこちらの方だ」
それから畑の方に行くと、皆より一回り小さい姿を見つけた。
「……手間をかけさけるとは、後で仕置きだな」
いい子でいろと言ったはずなのだが。
梨花は人と話していた。時たま笑っている。
その額には汗が流れていた。
仕置きはなしにしようかと考えた矢先、梨花の身体がぐらりと傾いた。
「梨花!」
私は彼女の元へ走った。
続く
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