第28話 街でショッピング(3)

「冷製パスタでございます。ご注文の品は全てお揃いですか?」


「ああ」


店主さん(多分この人がピザ焼いてると思う)は微笑んで言い、カウンターの奥に消えた。


「ごゆっくりどうぞ」


私は堪らずピザを一切れ取った。既に切り分けてあるのも良心的だ。


「頂きまーす」


ぱく、と食べた。

……

………………

え、美味しい。


「にゃんだこれ、んま」


「それは良かったな」


薄めの生地はパリっと焼かれていて、無駄な水分も無い。とても軽い食感だ。

チーズもモッツァレラメインで何種類か使ってあるしたっぷりだし、何よりトマトとバジル、更にはオリーブのハーモニーが素晴らしい。


これは恐れ入った!! 美味しい!


……そうなると、他のものも食べてみたくなってしまう。


あの冷製パスタも美味しそうだなぁ。というかヴィゼル様フォークが似合う。


「ん? どうし……食べたいのか?」


「ヴィゼル様、ピザ一枚あげるので一口下さい」


「仕方ないな。ほら」


彼はちょうどパスタを巻き付けていたフォークをこちらに差し出した。


「……ふぇ?」


「食べないのか?」


いやちょっとちょい少し待って下さい。

無意識なんだろうけど、完全にこれはあーんですよね。うわぁ夢。


「……ごちそうさまです」


勿論パスタも激ウマだったんだけど、それよりもシチュエーションのおかげでさらに美味しくなった気がする。

ヴィゼル様は最高の調味料である。


「ん~、うまうま」


「貴様は寝ている時と食べている時が一番幸せそうだな」


「……ごふっ」


慌てて誤魔化した。いやなんの誤魔化しにもなってないけど。


「良いではないか。欲望を満たされたのだから満足するのは当たり前だろう」


「そうですね。じゃあそういうことにしておきます」


……本当は貴方が隣にいるだけで幸せなのに。

分かってくれない人。


私はジンジャーエールで気持ちを押し流した。


                     ♦


「ご来店ありがとうございました」


「ご馳走様でした!」


「また来る」


私たちは店を後にした。

ヴィゼル様が私に言う。


「さて梨花、私は少し用事があるから先に行っててくれ」


「はい」


私たちはペットショップの前で別れた。


中に入ると、沢山のグッズが売っていた。

エサだけでも物凄い種類だ。あとは首輪やおもちゃ、寝床など色々ある。


「うーん、コハクって何が好きなんだろうか……」


まだあまり好みが分からないので、とりあえず目についたものを片っ端からカゴに放り込んだ。おやつも同様だ。


「あとは、首輪もいるかな……それと、トイレ買わなきゃ」


トイレはなくちゃ大変。今まで何とかトイレットペーパーを片手に奮闘していたけど、そろそろ私もコハクも楽になるべきだ。


首輪はヴィゼル様に選んでもらおう。

先にトイレと、トイレ用品を色々放り込んだ。


「……お、重い……」


あとは……おもちゃ……


しかし微妙にふらついてしまって危ない。


「あっ」


人とぶつかってしまった。


「ごめんなさい!」


慌てて頭を下げる。


「許さん」


「え」


顔を上げると、そこにはイケメン紳士がいた。


「ヴィゼル様……」


よりによって一番ぶつかっちゃいけない人にぶつかってしまった。


「随分と重そうだな。というかこんなにいるのか?」


……流石に餌は買い過ぎた気もするけど……


「よく分からなくって……とりあえず片っ端から入れました」


「またそういう事をする……」


「……ごめんなさい」


「戻すのも面倒だし、買うか」


金銭感覚凄いこの人……


「あ、あと首輪とおもちゃ選びましょう」


「分かった」


その後は、首輪とおもちゃを適当に選んで(結局おもちゃも片っ端からカゴに入れる羽目になったけど)、お金を払った。


「まさか梨花の服の次に高いとは思わなかった」


「いっぱい買っちゃいましたね」


「まあ良いだろう。減るものでもないし」


いやお金ガンガン減ってますよ。


「帰ろう、梨花」


それでも、彼の微笑みの前では何も言えなくなるのだった。


                      ♦


その後なんとか彼の自室に戻ってきた。


「王様って大変なんですね」


「そうかもしれんな」


まぁこの場合、「イケメンって大変なんですね」が正しいんだろうけど。


「梨花」


「あうっ」


私をまるで猫のように抱き上げ、彼はソファに座った。だから、距離、近いって。


「コハクは?」


「さっき見てきたら貴方のベッドで寝てましたよ」


すごい姿勢でね。


「……主人より先にベッドを使うとは、度胸がある猫だ」


「ですね」


くすっと笑うと、彼は目を細めて私の頭を撫でた。


「私は貴様がいれば十分だけどな。猫そっくりだ」


頭を撫でられるのは嬉しいけど……。


「それ、喜んでいいのか分かりません」


「喜べば良いではないか。こうして主人に愛されているのだからな」


「ん……っ」


そして不意打ちでキスをくらう。


「貴様は子猫というより仔猫だがな」


「……っ……ん~~~!!!」


「何故怒る?」


「もうっ、私ばっかりいっつも……不公平ですっ!!」


「何が不公平なのか分からんな」


「ヴィゼル様ズルいです! 嫌いです!!」


ヴィゼル様はニヤリと笑った。


「そう言えば私が落ち込むとでも思ったか?」


うわぁ、この人たまに嫌いになるわぁ。かっこいいけど。


「……思いましたよ!! これが精一杯の侮辱なんです!!」


「それはまた可愛らしい侮辱だ。褒め言葉かと思ったぞ」


急に距離が近づいて、彼の瞳に妖しい光が宿る。


「貴様はあらゆる面で純粋過ぎる。それは美点だが……それだと損をすることも多いだろう」


そう言われてみると、そうだと思う。

彼は私の心を見透かしたかのように、更につづけた。


「私が王国民から何と呼ばれているか、知っているか?」


「え? 何でしょう……?」


「魔王だ」


一瞬、思ってしまった。

かっこいい。


「魔王……? どうしてですか?」


「知らん。気付いた時にはそう呼ばれていた」


「ヴィゼル様全然魔王じゃないのに……なんでだろう」


普通に疑問に思って呟くと、頭上からああ、と声がした。


「そう言えば、昔の私は『逆らう者は皆殺し』だったからだな。今はそこまで言われなくなったが」


えなにそれ怖い。


「貴様も私に逆らわない方が良いぞ? 取って喰われたりしても責任は取らんからな?」


「自制してくださいよそこは……」


喰われたいなんて思っちゃ負けよ梨花。気を確かに持って!!


「出来るか分からんな。反抗的な態度を取られると虐めたくなる……」


うわぁ、鬼畜ドs陸軍大将兼国王陛下!!


「じゃあもう出来る限り反抗しませんよ」


出来る限りね。出来る限り。ココ重要。


「何故だ? 私に虐められるの、好きだろう」


「……ッ」


性癖が完全にバレている。死にたい。


「安心しろ。貴様が反抗しようがしまいが、たっぷり意地悪してやるからな」


「……い、いらないですー!!!!」


逃げたい。穴があったら入りたい。

けどぎゅっと抱きしめられてるから穴に入れないよー!!


「なんだ、それは残念だな。いつも良さそうにしていたのに」


「わーわーわーそれ以上言うの止めてください!!」


「さあ、どうしようかな?」


完っ全に今意地悪ですよこの人!!


「……もう意地悪しないって神に誓って下さい!!」


「神とは誰だ? ゼロスか?」


……ゼロスって神の名前だったんだ。初めて知った。


「もうゼウスでもゼロスでも、誰でもいいですよっ」


「知ってるか? ゼロスは激情の神だ。その名を冠している私が激情しないとでも言うのか?」


「……知りませんよもうー!」


意地悪!!


「……私、意地悪なヴィゼル様は嫌です」


「ほう、そうか。私はどんな貴様でも愛せる自信しかないぞ」


そんなSっ気満載の顔で言われても……そんなの……

性癖にぶっ刺さるやないかぁあああ!!!


「もう良いです……」


駄目だ、好き。

私は諦めて彼の胸に顔を埋めた。


「折れるのが早いな」


大きな手が優しく頭を撫でてゆく。


「もう良いんです。きっと私もヴィゼル様の全部が大好きなんです」


「ようやく気付いたのか。とことん鈍感だな。身体は敏感なのに」


「……でも怒る時は怒りますからね」


さっきから恥ずかしさでバクハツしそうだ。なんなんこの人。


「好きにしろ。どうせ私からは逃れられん」


うー……。


好きっ♡


私も大概変態なんだろうけど、この際気にしないことにする。

今は彼に愛されているだけで、死にそうなほどに幸せだから。

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