2章 恋人

第25話 新たなスタート

「ぉおおおおおお」


遂に来たぜ! ロステアゼルム!!


私は飛行機を降りた。コハクの入っているゲージも一緒だ。

飛行機の窓から見えたのは凄い数の建物、都会、人、すごい(感想込み)。


新鮮な空気を吸い込む。


「あ、梨花さん。こんにちは。来てくれたんですね」


声を掛けられて振り返ると、ヨシュアさんがいた。


「ヨシュアさん、こんにちは。……お邪魔かもしれませんが、これからもよろしくお願いします」


「いえいえ、俺は大歓迎ですよ。こちらこそ、よろしくお願いします」


すると、コツコツという足音がしてヴィゼル様が降りてきた。


「梨花、おはよう。よく眠れたか」


あー……熟睡してたのがバレてる……。


「おかげさまで……」


「いつも思うが、貴様は本当に幸せそうに寝ているな。そんなに寝るのが好きか?」


「寝るのは好きですよ。人間睡眠欲には勝てませんから」


「それもそうだな」


ヨシュアさんがにっこり笑っている。なにか嬉しいことでもあったのかな。


とその時、また見覚えのある人が降りてきた。

ケイさんとルーカスさんだ。


手を振ると、二人とも気付いてくれたようだ。


「ん? おお、お嬢ちゃんじゃねぇか。久し振りだなー」


「梨花ちゃん、久し振り」


「お久し振りです!」


その他にも……この前私を苛めていたクアルさん率いる一団とか、様々な人がいた。

あ、茶色ちゃんもいる。遠くに居たから、今度会ったらちゃんと挨拶しよう。


「よし、全員降りたな。点呼が終わり次第、各自城へ向かえ」


「はっ」


……城? 報告にでも行くのかな? それともみんな常駐兵??


「ヴィゼル様、全員居ます」


ヨシュアさんが端的に伝えると、ヴィゼル様は軽くうなずいた。


「解散」


その一声でみんながバラバラに散って行く。

……なんか、ヴィゼル様って本当に偉い人なんだなぁという実感が持てた。


「バラバラでいいんですか?」


「大丈夫ですよ。もう後は休んで、先の戦いに備えるだけですから」


「報告とかは?」


「忘れたか? 私は国のトップだぞ? 誰に報告しろと言うのだ」


軽く目を細めて言われるとなんだか怖い。


「そうでしたね」


「大将、オレ達も帰ろーぜ。その後でお嬢ちゃんに街でも案内してやんな」


「それはいいですねぇ、ヴィゼル様」


おお、街に行けるんだ。興味あったんだよね。


「……貴様ら、一回黙れ」


なんだか微笑ましいやり取りを見てつい言ってしまう。


「仲良しですね」


「「「それはない」」」


見事三人被った。


「あははっ」


何故かヴィゼル様が私から顔を背けてしまう。


「……ッ、帰るぞ」


「はいよ、大将」


                         ♦


「わー……都会だぁ……」


私たちはお城への帰路についていた。

それにしても、すごい。エストラルとは比べ物にならない。

流石は世界一の大国!


「賑やかですね」


「ここはまだ襲撃されていないからな」


「お店もたくさんありますねぇ」


ヨシュアさんが微笑んで言う。


「梨花さん、欲しいものがあったら遠慮なく言うといいですよ。ヴィゼル様に」


「私かよ」


「ヴィゼル様なら何でも買ってくれますよ、きっと」


「それは期待しておきます」


国のトップってお金持ちなんだろうなぁ。

するとヴィゼル様は苦い顔をして言った。


「梨花、あまり期待するな。事実私は今、金を持っていない」


「嘘でしょ?!」


「悪いな。本当だ」


ルーカスさんが私の肩を掴む。


「だーいじょうぶだって! 城に帰ればいっぱいあるって!!」


「……私の小遣いが減って行くな……」


どうやらヴィゼル様は今金欠らしい。可愛い。


「あ、見えた。梨花ちゃん、あれが城だよ」


ケイさんがそう言って指をさした先を見る。


──豪華絢爛、という言葉が思い浮かんだ。


「すごい……」


歴史の教科書でしか見たことない、壮麗なお城が見えた。

全体は白亜で統一されている。細かい造形で、とてもおしゃれだ。


そっか……エストラルと違って、ここは王国なんだ。

ロステアゼルム王国、かつて幾度となく聞いた言葉。


……ん? ちょっと待てよ。


「……ヴィゼル様って、国のトップなんですよね?」


「そうだが?」


てことは……ヴィゼル様は……


「えええ、ヴィゼル様って王子様なんですか?!」


トップってことは王なのかな? まどうでもいいんだそんなことは。


「まあ、そうなるな」


「ってことは……あのお城、ヴィゼル様の……?」


「そういうことになるな」


ぼひゅん、となにやら変な音がした。

私の萌えパラメータが振り切れた音である。


王子様……金髪碧眼のドsな王子様……っ


ギャップ萌えどころではない。伏兵だこれは。


「生きててよかった……」


真面目にそう思った。


「ほんとだよ。お嬢ちゃんが生きててよかったよな」


「そうですね。俺らは自ら出逢いの機会を潰しているのだと感じますね」


「……だからオレには彼女がいないのか……」


「それは分かりませんけど」


他愛無い話をしながらもう少し歩くと、ついにお城の前に着いた。


「……おっきい!!」


「そうか? 普通だろ」


「そりゃ王城育ちはな……」


門の前には兵士が二人。その先には広い敷地が広がっていた。


ふえ~噴水があるよ。庭園すごい。川まである。橋掛かってるよ??


「今日は梨花がいるし、歩いてみるか」


「この道のりをですか……遠いですね」


直線距離で一.五キロ程ありそうだ。


「なら貴様だけ馬車にでも乗って行け」


「……はいはい、歩きますよ」


地面はレンガでできていて、薄いブラウンとクリーム色が可愛いコントラストを演出している。


途中、薔薇の庭園があった。


「可愛い!!」


私はコハクをゲージから出してあげた。


「ん? 何だその猫」


ルーカスさんに訊かれたので、答える。


「コハクちゃんです。勝手に部屋に入ってきたので、お世話しています」


「へぇ、そうなのか。かわいいなー」


「そうでしょうそうでしょう、可愛いんですよ~」


「仔猫も可愛いけど、薔薇も綺麗だよ、梨花ちゃん」


そう言われて改めて薔薇に目を向けるとふわっといい匂いがして、心が洗われるようだった。


──これからは、いい人として生きよう。


って思うくらいに。


「薔薇って本当に沢山の種類があるんですね」


「……梨花、薔薇の砂糖漬けって食べた事あるか?」


ヴィゼル様がこちらを見て言う。王子様効果すごい。ダメ無理かっこいい。


「あ、あの花びらに砂糖まぶしたやつですよね。私食べた事ないんです。一度食べてみたくって」


どうでもいいけど、私大分動揺しなくなった。うん、偉い。


「私もだ」


ルーカスさんとヨシュアさんが呟く。


「おぅ……女の子の会話だ……」


「二人とも、優雅ですねぇ」


そこで薔薇園が終わり、あとは石造りの橋を渡って、私たちは正門の前に着いた。


「国王陛下、お帰りなさいませ」


「ああ」


……国王陛下……ぁ……ぁあ……

すきいいいいいいいいいいいい


大きな扉が開かれると、まずは大きなホールに入った。

玄関だろうか。玄関で前住んでた私の家以上の広さあるけど。


「はーやっと帰ってきたねぇ。懐かしいなぁ」


「ほんとですねぇ。……梨花さん、少し俺の所に来てください」


「? 分かりました」


すると。

パタパタという足音と共に、甲高い声が響き渡った。


「きゃ~~~~~!! ヴィゼル様だわ!!」


耳がキィイイン、と鳴る。


「お帰りなさいませヴィゼル様、よかった、無事だったのね」


「貴方がいない間、私たち本当に寂しかったのよ」


「ああ、今日も美しいわ……」


気付けばヴィゼル様はすっかり女の子に囲まれていた。


心臓がズキン、と疼く。


「──ヨシュアさん、ありがとうございます」


「いえ。……梨花さん、どうか気を悪くしないでくださいね」


「はい」


分かっている。私は所詮ぽっと出の庶民。

まぁ私の国エストラルは王制じゃないから基本みんな庶民だけど。


「……私もあんな風にきゃぴきゃぴしてみようかな……」


「梨花さん、それは駄目ですよ。面白そうですけど」


「お嬢ちゃんの可愛さが台無しだぜ」


ハハハと笑うルーカスさん。


「大丈夫、先輩はちゃんと君を見ているよ」


ケイさんが優しく微笑んでくれた。


「いやー、それにしてもいいですねぇ。梨花さんがいるおかげで俺たちは毒気に当てられずに済みます。梨花さん、ありがとうございます」


「え」


「そうだな。お嬢ちゃんのお陰で女が寄ってこねぇな」


どうやら、ああいうご令嬢は二人のタイプではないらしい。


微かにヴィゼル様の声が聞こえてくる。


「五月蝿い、私は疲れている。今は止めてくれ」


「はーい」


「ヴィゼル様、また後で~」


やっと取り巻きお嬢がいなくなった。


「……今までで一番疲れた気がする」


「お……お疲れ様です」


はぁ、とため息を吐いたヴィゼル様は部下たちを見回して言った。


「ヨシュア、ルーカス、ケイ。今までご苦労だったな。明日、会議を行う。それまでゆっくり休んでおけ」


「はっ」


「大将やっさし~」


「阿保。これから使えないようでは困るからだ」


「そうですね。ここからが本番ですもんね」


階段を上ったところで、三人とは別れた。


「じゃあ、また明日」


「はい、お疲れ様でした」


手を振ると、ヴィゼル様は行くぞ、と小声で言った。


「はい」


「……あまり貴様と一緒に居るのを見られたくないな。急ぐぞ」


「え……?」


歩調を速めながら思う。


もしかして……私と一緒にいることが嫌なのかな。

こんな小汚い娘連れて、不名誉なんじゃ……。


がくん、と気分が沈んで、私は無言で彼に付いて行った。


そうすると、王室に着いた。

大きな扉を押し開けると、そこには広い空間があった。

大きなシャンデリア、深紅のカーテン、机にお洒落な棚。

奥へと続く部屋からは、ベッドが見えた。


すごい、王室ってこんなになっているんだ。


彼が軍服を脱いだのを見計らって、私は切り出した。


「……ヴィゼル様、私がいらないのならそう仰って下さい」


彼に迷惑をかけることだけは、したくなかった。

そうだよね。だってもうおもちゃなんてなくても、綺麗な女の人がいっぱいいるんだもの。私なんていらないよね。


「──は?」


「私なんかと歩いていたらヴィゼル様にとっては不名誉なことですよね。どうぞ、遠慮なく言って下さい」


「……貴様は自虐的な思考を直さねばいかんな」


ヴィゼル様は私に近づき、こちらを向いた。


「ならばはっきり言おう。……私は貴様が必要だ」


「……え……?」


「誤解させてしまったようだな。先程言ったのは、何故かは知らぬが私と歩いているだけでそいつは女の標的になる。それが避けたかっただけだ」


……え、うそ。

そういうこと……?


て、すなわちどういうこと……?


首を傾げる私に向かってヴィゼル様はふっと表情を崩した。


「全部言わないと分からないのか?」


「……分からない、です」


今の笑顔の理由も、分からない。


「鈍感だな。道理で気付かない訳か」


何故かすっと両手で頬を挟まれた。


「鈍感で馬鹿な貴様に一つ教えてやろう」


「私は、貴様が大嫌いだ」


──え?

ん? ほ?


「大嫌い……ですか」


「そうだ。心の底から大嫌い……おい、泣くな」


「だって……っ、そんないきなり……っ」


悲しいよ。そんな優しそうな顔で、平気で言われたら。


「……本当に分からないのだな……」


はあ、と息を吐いたヴィゼル様は私の涙を拭った。


「先程のは嘘だ、梨花」


「うそ……??」


彼は頷いて、徐にキスをした。

完全に不意打ちで、無抵抗のまま受け入れてしまう。


「私が何故キスをするか分かるか?」


「……したい、から?」


「そうだ。ならば何故したいと思うのだろうな?」


「え、だって、それは……挨拶……とか?」


「また斜め上から来たな。そういう文化の国もある。だがロステアゼルムの挨拶はハグや握手だ」


え? え? 何? この人の言いたいことがますます分からない。


「仕方ない。本当は気付いて欲しかったが、言ってやろう」


彼はもう一度キスをして、ただ一声、こう言った。


「──梨花、好きだよ」

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