スクール水着で世界を救ってしまった件について

御茶ノ宮悠里

プロローグ

第1話 神様から託された伝説の武器、それは――?

「……き……きよ」


 雲の中にいるかのように、白い霧が辺り一面を覆っている。


「……目覚めよ……者……きよ……」


 微睡む意識の中に、耳鳴りのような声が響いてくる。


「目覚めるのだ……勇者峰樹よ」


 サァ、と。周囲を覆っていた霧が晴れていく……。


 ――気が付くと、目の前に一人の老人が立っていた。それは長い髭を蓄えた老人だった。白いローブのような服装に身を包み、片手に木製の杖を握っている。

「わしはこの世界の神じゃ」

「マジかよ」

 しかし、言われてみれば、その姿は俺の知っている神様のイメージと合致していた。

雪山ゆきやま峰樹みねきよ。おぬしに伝えなければならないことがある。今、世界が滅亡の危機に瀕しておるのだ。古来より封印されし邪悪の化身が蘇り、この世界を滅ぼそうとしているのじゃ。神々と同等の力を持つ邪悪の化身。対抗できるのは、同じく神の力を受け継ぐ勇者のみ。つまり、おぬし、峰樹しかおらぬのじゃ」

「お、おう」

 頷いてはみたものの、唐突すぎて全然ピンとこないんだが。

「今は分からずともよい。すぐに分かるときが来る。それより……雪山峰樹よ。この世界を守るため、神に選ばれし一人の勇者として、邪悪の化身と戦っては貰えぬだろうか?」

「それは、まあ構わないが」

「そうかそうか、わしは嬉しいぞ。それでこそ選ばれし勇者じゃ。では受け取るがよい。この世の悪と戦うための最強の魔装神器『スクール水着』を!」

「…………………………は?」

 ……今、とんでもない単語が聞えたような気がしたんだが。

「受け取るがよい」

「いやいやいや、待て。今なんて言った?」

「スク水じゃ」

「略しやがった!?」

 そいつは神様の口から出る単語じゃねえよ。

「えーと、スクールミズギって名前の凄い剣だとか……?」

「これじゃ」

「スク水じゃねえか」

 老人が杖を振るうと……目の前にスクール水着が現れた。眼前でぷかぷかと浮かぶそれは、なんの言い訳もできないくらい女子のスクール水着だった。

「え、ええ……? なんで伝説の装備がスクール水着なんだ……?」

「気にすることではない」

「絶対気になるだろ!」

「神々にも色んな事情があるんじゃよ」

「納得できねえよ!」

 なんだ、こいつの頭はおかしいのか? それとも俺の頭がおかしくなったのか?

「さあ、遠慮せずに受け取るがよいぞ、勇者よ!」

「嫌だ」

「は? なぜだ?」

「男がスク水を着て戦うとか常識的に考えてありえないだろ」

「さあ、遠慮せずに受け取るがよいぞ、勇者よ!」

「無限ループすんな!」

 なんつー神様だ。まさか受け取るまで続けるつもりじゃないだろうな……。

 まあいい、それならそれでこのイカれた夢が覚めるまで永遠とループさせ続ければいいだけだし。

「そうかそうか、わしは嬉しいぞ! それでこそ選ばれし勇者じゃ!」

「受け取る前提で話を進めてやがる!?」

 レトロゲームでもそんな強引な進行しねえよ!?

「え、嫌だぞ? スク水を着て戦うとかただの変態じゃねえか!」

「ふぉふぉふぉ!」

「笑ってごまかすな!」

「些細なことじゃないか?」

「んなわけねえだろ!」

「残念だがのう。わしが現れた時点で拒否はできんのじゃ」

「じゃあなんで選択肢を用意した!?」

「公平さを演出するためじゃ」

「それは思っていても口にするな!」

 悪徳業者かよ!

「さて、それでは、勇者たる証をその身に刻んでやろう!」

「え?」

 自称神様はその手に握る杖を俺の右手に向けた。なにやら呪文を唱えると、空中に浮かんでいたスクール水着が粒子となって霧散した。その光の霧は杖の先端へと集まり、眩い光線となって俺の手の甲へと注がれる。その結果……俺の手が青白い光を放ち、謎の紋章が浮かび上がり……って、おい、まさかてめえ!!? この模様のデザインは!?

「うわあああああ!? 取れ! 取ってくれえええええ!?」

「その紋章はお前が勇者たる証。この世界を救うまでは決して消えることはないだろう」

「嘘だろ!? 嘘だよな!? 嫌だあああああああああ!!! 取れえええええええ!!!」

「世界を頼んだぞ、勇者峰樹よ」

「嫌だああああああああ!! く、クーリングオフさせてくれええええええ!!」



 ◇


「…………はっ! 夢か!」

 見慣れたベッドの上で目を覚ました。

 ここは……俺の寝室だ。六畳半ほどの簡素な部屋。窓にかかるカーテンの隙間から朝の陽ざしが差し込んでいる。時計の針は午前六時半を指している。

 ……すこぶる気分が悪い。全身が寝汗でべとべとしていた。腹の上まで被っていた掛け布団を足元まで押しのけて、手の甲で額の汗を拭う。荒い呼吸を整えながら、混乱した思考を整理する。そして、先ほどの夢の内容を思い出して……そりゃ汗も掻くなと納得した。

「そりゃそうだ。あんなのが現実であるはずが――」

 言いかけて固まる。俺の右手がぼんやりと光っていた。

「………………」

 数秒間、その光を見つめて。

「そうか、夢か」

 夢ということにした。……いやだって、そうだろ? 朝起きたら消えない紋章が手の甲に浮かび上がるなんて、しかも、それがとんでもないデザインをしてるだなんて、そんな非現実的なこと、起きるはずないだろ? ああ、夢だ。夢に決まっている。これは夢の続きなんだ。ていうか本気で夢であってくれ……! 頼むよ、ほんとにさあ……!

「…………ちらり」

 恐る恐る右手の甲を見た。

 そこには淡い青色に爛々と輝く『女子のスクール水着』の形をした紋章があった。

「………………うぅぅぅ」

 俺は枕に顔を埋めて咽び泣いた。


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