第13話 心地よさ
……どうしてこうなった。
心を開いてくれている、と思っていたのに。
そんな沙空乃の言動に翻弄されていたら、何故か最後には振られていた。
別に、こっちから好意を伝えたとかでもないのに。
駄目だ……さっきから、頭が混乱しっぱなしだ。
帰ってから連絡を取ろうともしてみたけど、何通か送ったラインはすべて未読のまま。
ようやく既読がついたと思ったら、沙空乃は、
――明日のデートは、何があっても行くように。
との連絡だけ寄越してきた。
そう。
今日だけでも怒涛の一日だったけど……明日は
もう考えることをやめて、しばらく引きこもりたい気分だけど、すっぽかすわけにはいかない……よな。
沙空乃もそれだけはするなと言っているわけだし。
何より、陽奈希は明日のことをすごく楽しみにしていた。
付き合うようになってから、初めてのデートだから、と。
……明日は明日で、一旦気持ちを切り替えよう。
じゃないと、陽奈希に申し訳ない。
そうは言っても……全く引きずらないのは、難しそうだ。
ああ、本当に。
……どうしてこうなった。
◆◆◆
どん底に沈んだ気分を、今ひとつ払拭できずに迎えた日曜日。
待ち合わせ場所である自宅のマンション前に降りていくと、ちょうど
「あ、
何やら大きめのバッグを携えた陽奈希が、晴れやかな顔で手を振ってくる。
「おう、おはよう」
「ふふっ、いよいよ初デートだね?」
陽奈希はこの日をずっと……もしかしたら、俺に誘われた時ではなく、もっと前から、待ち望んでいたのかもしれない。
そう思わせるくらい、陽奈希は嬉しそうだ。
服装も付き合うようになる以前に出かけた時と比べて、清楚でかわいらしさが増していているような……。
笑顔との相乗効果もあり、暗い気持ちの俺にはやや眩しすぎる。
丈の長めな水色のスカートに、白シャツを合わせ、頭には黒っぽいベレー帽。
……うん?
確かに似合っているけど……よく考えたら、陽奈希は元からこんな感じの私服だったような覚えがある。
けどそれは、今日の陽奈希の服装がおしゃれじゃないとかそういう意味ではない。
付き合うようになってからは、散々と俺に対する好意を露わにしている陽奈希のことだ。自惚れかもしれないけど……いつも私服で俺と会う時は、素直になれないなりに、全力で自分をコーディネートしていたはず。
つまり、気合の入り方は、今日も以前も同じくらい。
なのに、違いを感じるのは。
俺の方が、陽奈希に対する見方というか、意識を変えたから……ってことなるんじゃ――
「渉ー? どうしたの?」
陽奈希が不思議そうに、俺の顔を覗き込んできた。
「えっ!? ああ、いや別に……」
「んー? その慌て方は……もしかしてわたしに見惚れてた、とか!」
「そういうわけじゃ……」
と否定しようとして、しきれなかった。
客観的に見て、今のを見惚れていた以外にどう表現したらいいんだ……という考えが、頭をよぎったのだ。
故に俺は、発言を軌道修正した。
「……ないこともないのかもな」
「そっかー、渉はわたしに見惚れてたんだ~」
陽奈希はにへら、と緩んだ表情を浮かべる。
「わざわざ言い直されるとむず痒い気分になるから勘弁してくれ……」
「ごめんごめん。でも……」
陽奈希は軽く平謝りした後、俺のことを全身くまなく眺めてから。
「今日の君も、見惚れちゃうくらいかっこいいって、わたしは思うよ?」
「な……」
……だから、なんでこの前までツンツンしてたくせに、急にそんなことを素直に言えるんだよ。
しかも、こんな風に、愛おしそうに俺を見て。
この表情で見つめられると、何故か心が満たされていくような……って。
昨日あれだけ沙空乃を相手に心を揺さぶられておきながら、次の日には陽奈希を相手にって……どれだけ節操がないんだ俺は。
いやでも……負い目を感じる話でもないのか?
曲がりなりにも、陽奈希は俺の彼女ということになっているし、沙空乃にはよく分からない内に一方的に振られたわけだし。
……あれ。またおかしなことを考えてないか、俺。
「…………」
「ねえねえ、渉」
黙って考え込んでしまっていた俺の服を、陽奈希はちょいと引っ張って呼びかけてきた。
「あ、ああ。なんだ?」
「実はわたし、君と恋人になれたらしてみたいと思ってたことがあるんだよね」
「……? そうなのか」
「うん。それで、もしプランとか考えてくれてたら申し訳ないんだけど……今日はそっちを優先してもらえないかな?」
まあ、俺としては陽奈希が喜びそうなことを、と思いながらプランを練ってはいたけど……何せこれまで彼女の好意に全く気づいてこなかった男の浅知恵だ。
上手くいく保証はなかったので、本人の希望があるなら願ってもない。
「分かった。そういうことなら、陽奈希のしたいことってのを優先しよう」
「ありがとう。それとごめんね? ワガママ言っちゃって」
「別にいいって、これくらい」
「……んふふ」
俺の何気ない答えに対し、陽奈希はこっちを見ながら、にやにやと笑みをこぼした。
「……どうしたんだよ?」
「えっと……わたしの彼氏は優しいなあって、噛み締めてた!」
照れくさそうにしながらも、陽奈希は思うままを言ってのけるけど。
俺はそんな風に褒められるような男では、ない。
きっかけは間違いからだったとはいえ、その後ずるずると騙すように関係を続けておきながら。
今頃になって、こうしてまっすぐと好意をぶつけられることに、心地よさを感じ始めていると自覚したのだから。
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