間違えて好きな人の双子の妹に告白したら付き合うことになりました

りんどー

第1部 間違えて好きな人の双子の妹に告白したら付き合うことになりました

第1話 すべての始まり、致命的な間違い

「ずっと前から好きでした! 付き合ってください!」


 もうすぐ文化祭の準備シーズンに突入しようかという、6月のある日。

 放課後、体育館裏。

 告白においてはそこそこ定番だと思われるスポットにて。

 俺は小さく頭を下げながら、捻りのないセリフを叫んだ。

 相手はテニスウェアを着た長い銀髪の女子で、名は天宮あまみや沙空乃さくの

 俺と同じ高校二年生ではあるけど、それ以外の立場は、何もかも違う。

 かたや、天宮沙空乃は完璧超人と名高く、校内でも二本の指に入るとされる美少女だ。

 成績は常にトップクラス、部活動では女子テニス部のエースで一年生の時から全国大会に出場している。

 凛とした雰囲気の佇まいに時折見せる優しげな笑みは、男女ともから人気が高い。

 文武両道にして容姿端麗。

 しかしそれを鼻にかけることなく、誰にでも分け隔てなく接する親しみ深さを持ち、驕ることなく自己を磨き続ける勤勉さも備えている。


 じゃあ俺……伊賀崎いがさきわたるはと言えば。

 高校生活において、特筆すべき部分のない人間だ。

 良くも悪くも、平凡。

 特別勉強ができるわけでもなければ、運動神経が優れているわけでもない。

 身長や体型だって平均的なものだし、何か際立った成果を挙げたり……なんてこともない。


 そんな俺が今、無謀にも校内一の高嶺の花に告白をしている。

 入学した頃から……いや。

もっと言えば、高校生活の初日。

入学式の際に、新入生代表として挨拶をする天宮沙空乃を一目見た時から、好意を持っていた。

 しかし、天宮沙空乃は常に、彼女を慕う人々に囲まれている。

 友人であったり、教師であったり、アイドルの追っかけみたいな取り巻きであったり。

 接点のない俺が近づく機会は、これまで全くと言っていいほどなかった。


 けど、今日は違った。

 どういうわけか、あの天宮沙空乃が、一人で校内を歩いていたのだ。

 ……チャンスだと思った。

 これを逃したら、この先二度と機会は訪れない。

 自分の想いに対し具体的な行動を何一つ起こさないまま、ずるずると卒業まで行ってしまう。

 そんな予感がした。

 だから俺は、意を決して天宮沙空乃を呼び止めた。


 ――二人きりで話がしたい。体育館裏に来てほしい。


 そして。

 俺は開口一番、自分の胸の内にあった想いを伝えた。


 ――ずっと前から好きでした! 付き合ってください!


 ……果たして今、彼女はどんな顔をしているのか。

 恐る恐る、下げていた頭を持ち上げる。

 天宮沙空乃は、驚きの色を露わにしたまま、固まっていた。

 だがやがて、その瞳に涙を滲ませると。


「嬉しい……わたしもずっと、好きだったから……!」

「そ、それじゃあ……答えは」

「うん……これからは恋人として、よろしくお願いします……!」

 

 喜びが爆発したような泣き笑いで、俺の想い人は告白を快諾した。

 ……ああ、なんだこれ。

 夢か何かか?

 いや、頬をつねったらちゃんと痛いし、現実だ。

 ……やばいめちゃくちゃ嬉しい。

 玉砕すら覚悟してたけど……まさかこんなに上手くいくとは。

 ずっと憧れて、遠くから眺めるだけだったあの天宮沙空乃が、俺の彼女とか未だに信じられない――


「けど、この格好の時に告白されるのはちょっと恥ずかしかったかもなー」


 俺が心の中で喜びを爆発させている中、少し落ち着きを取り戻した様子の沙空乃が、おもむろに呟いた。


「この格好……って?」


 沙空乃は女子テニス部のエースなのだ。

 テニスウェアと言えば着慣れている格好のはずなのに、今更恥ずかしがったりするものなんだろうか。 


「前々から、テニスしてる時の沙空乃ってかっこいいなーって思ってたから、ウェアを借りて出歩いてみたんだけど……似合ってた?」


 はにかみながら問いかけてくるその言葉に、俺は強烈な違和感を覚えた。

 『テニスしてる時の沙空乃ってかっこいいなーって思ってた』だって?

 なんだそれは。

 それじゃあまるで、自分が沙空乃ではない別の誰かなのだと言っているようじゃないか。

 俺はふと、思い出す。

 天宮沙空乃と、瓜二つの容姿をした双子の妹の存在を。

 俺の級友にして腐れ縁。犬猿の仲とも言える、同級生の女子のことを。


陽奈希ひなき……?」

「うん、どうした伊賀崎?」


 口から自然とこぼれ出た、その名前に。

 今まで俺が天宮沙空乃だと思っていた人物は、ごく自然に、反応してみせた。

 まるで自分が、天宮陽奈希であるかのように。

 いや、まるでとかじゃない。

 彼女は、天宮陽奈希なのだ。


 ……なんで今まで気が付かなかったんだろう。

 冷静になって見れば、簡単な話だ。

 彼女の右の目元には、陽奈希にしかない小さな泣きぼくろがあるのだ。

 そんなところに気を配れないくらい、余裕がない状況だったってことなんだろう。

 そもそも、陽奈希が何故か沙空乃の服を着ていた、というのもあるけど。

 よりにもよって、こんな大事な場面で間違えるなんて。

 何をやってるんだ俺は。

 ……待て。慌てるにはまだ早い。今からでも誤解を――


「あ、これからは恋人どうしなんだから、わたしもその……渉って呼んだほうがいいか」


 俺が混乱する中、陽奈希は俺の想い人と殆ど変わらないその顔で、緩みきった笑みを浮かべた。

 こういうのを、恋する乙女とでも言えばいいんだろうか。

 陽奈希の笑顔はとにかく、幸せそうだった。

 ……これで間違いでしたとか、めちゃくちゃ言い出しにくいんですけど。

 いや、そんなことを言っている場合じゃない。

 

「そ、その話なんだが……」

「ふふ……なんかまだ恥ずかしいけど、慣れてかないとね」


 あ、すっかりその気だ。

 ……やっぱこれ、今更撤回するとか無理なのでは。




 天宮陽奈希と初めて出会ったのは、高校に入学した時だ。

 俺と彼女は、一年生の頃から、同じクラスだった。

 名前や瓜二つの容姿から、陽奈希が沙空乃の血縁者だとは容易に想像できた。

 実際、新入生に美少女双子姉妹がいる、なんて噂が校内で話題になったりもしたし。

 だから俺は、あわよくば陽奈希を介して沙空乃にお近づきになれないか、と考えたりもしたわけだ。

 幸いにも、入学当初のクラス内の席順が五十音の出席番号順だったから、『天宮あまみや』と『伊賀崎いがさき』で陽奈希と俺は出席番号1と2。

席順で言えば、廊下側の一番前とそのすぐ後ろだった。

 かなりチャンスがあると、当時の俺は思っていたんだけど。

 俺は陽奈希と、良好な関係を築くことに失敗した。

 

 元々、俺たちはどうも、意見が合わなかった。

 座席や出席番号が近いことから、グループでの授業や学校行事の際には基本的に同じ班だったのだが、常に反目し合ってしまうような状況にあったのだ。

 更には、陽奈希はいつも俺に対して妙に突っかかってきて、トゲのある態度を取ってくるようにもなった。


 例えば、下校時。

 たまたま友人たちが休みだったり部活だったりしたおかげで、俺が一人で歩いていると、陽奈希が後ろからやってきて。

 ――伊賀崎、また一人で帰ってるの? もしかして、友達いないの?

 ――……偶然だよ。今日だけ、たまたまだ。

 ――ふーん……そっか。まあかわいそうだから、そういうことにしといてあげるけど。

 などとバカにしてきたし。


 近所のコーヒーショップでテスト勉強をしていたら鉢合わせた際には。

 ――伊賀崎もここで勉強してたんだ……?

 と微妙な顔をされたので立ち去ろうとしたら。

 ――君が一人で勉強したって、大した意味ないと思うけど。

 などと追い打ちをかけてきたし。


 去年の文化祭のお化け屋敷で、忙しくて俺が苦労していた時も、主な原因は人手不足にあるのに。

 ――君って、もしかして鈍臭いの?

 などと罵ってきたし。


 大して期待もしていなかったバレンタインの際には、案の定誰からもチョコをもらうことはなかったんだけど。

 ――伊賀崎のことだし、当然チョコなんて一つも貰えなかったんでしょ?

 などと煽ってきたりもした。




 ……改めて思ったけど、陽奈希って本当に俺のこと好きなのか?

 過去の言動を振り返る限りでは、むしろ嫌っていると言われた方が納得できる。

 もしかして、嫌いな奴がふざけたこと言ってきたからからかってやろうみたいな、ドッキリのように上げて落とす狙いがあるのかもしれない。

 ……ここはそれとなく、探りを入れてみるか。


「けど、意外だったな。もしかしたら、嫌われてるかもしれないと思ってたんだけど」

「確かに最初はあんまり良くは思ってなかったかな……反発し合ってるみたいな感じがあったし」


 陽奈希は舌をちらりと出しながら明かす。


「でも、林間学校のオリエンテーリングで足を怪我したわたしを、渉が背負って運んでくれたことがあったでしょ?」

「確かに、そんなこともあったな」


 あれは、去年の五月のことだ。

 俺と陽奈希は、林間学校でも同じ班だった。


「その後も林間学校の間中、怪我のせいで実行委員やクラス委員長としての仕事が満足にできなかったわたしを、サポートしてくれたし」

「まあ、皆が林間学校を楽しめるように陽奈希が色々頑張ってたのは知ってたからな。犬猿の仲とか、そういうのとはまた別の話で、その頑張りに応えるのが筋だろ」 

「うん、そういう誠実なところが、その……いいなって思ったんだよね」

 

 当時はそこまで深く考えず、思い立ったまま行動していただけなんだけど、結果的にそういう評価に繋がったらしい。


「でも、意識するようになったら今度はなんか恥ずかしくなってさー……。ついつい棘のある態度を取っちゃって……本当は好きなのにこんな調子じゃ嫌われるって、もどかしかったりもしたんだよねー……」


 軽く俯きながら、陽奈希は言う。

 ……じゃああれは、もしかして。

 俗に言う、ツンデレってやつだったのか。

 確かに今思い返せば、心当たりがあるかもしれない。


 下校の時は、馬鹿にしつつも。

 ――しょうがないから、わたしが一緒に帰ってあげる。

 などと称した陽奈希と、その日以降ちょくちょく二人で下校するようになったし。

 そのついでに色々寄り道や買い食いをした時の陽奈希は、なんだかんだ楽しそうだった。

 

 コーヒーショップでテスト勉強をしていた際も。

 ――どうせ一人じゃ駄目だろうから、わたしが教えてあげる。

 とか言いながら結局隣に並んで教え合いながら勉強していた陽奈希は、やたら生き生きとしていた気がする。

 ついでに言うと、その時のテストの点数はお互いいつもより良かった。


 文化祭のお化け屋敷で忙しかった際も。

 陽奈希は俺を罵りはしたものの、自分の担当外の時間なのに手伝ってくれた後。

 ――君のせいで、休憩の時間がズレちゃったんだけど。

 と文句を口にしつつ、俺と同じタイミングで休憩を取り、成り行きで一緒に文化祭を回ることになったりもした。


 バレンタインの時も、煽ってきた後で。

 ――はいこれ。わたしからのお情けね……他意はないから。クラスの全員にあげてるし。

 と義理チョコを押し付けられたが、他のクラスメイトの貰ったそれと比べて、やけに丁寧な包装がされていたような記憶がある。


 つまるところ、過去の陽奈希の言動の数々は。

 俺と一緒に帰りたかったり、勉強したかったり、文化祭を一緒に回りたかったり。

 更には義理のフリした本命チョコだったりと、俺を好きだからこそのものだった……ってことなんだろう。

 確かに、二年になった今でも何かと二人で行動していることは多い。

 部活だって、同じだし。


 ……これじゃあ、俺がとんでもない鈍感野郎みたいじゃないか。

 いや、実際そうなのか……?


「とにかくね? そんな調子で、いつもツンツンしちゃってたわたしだからこそ……」

 

 俺が自己嫌悪に陥る中、陽奈希は赤く染まった顔を上げて。


「渉に好きって言ってもらえた時は、凄く嬉しかった!」


 満面の笑みで、かつてないくらい素直に、自分の気持ちを伝えてきた。




 こんな風に、俺から告白されたことを喜んでいる女の子に対し。

 例えこちらに悪意がなかったとしても「やっぱ間違いだった、俺が好きなのはお前の姉なんだよね」なんて、この場で宣える男が、この世にいるんだろうか。

 少なくとも、俺には無理だ。

 無理だったので、俺は。

 間違えて好きな人の妹に告白した結果、付き合うことになった。

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