第2話 既に埋まっていた外堀
昨日、俺が間違えて陽奈希に告白し、付き合うことになった後。
双子の姉である
誤解を解かずじまいのまま下校し、一晩明けて迎えた今朝。
俺はいつもどおり登校し、2年4組の教室に入った。
「おう、
「よー」
「おーっす」
クラスメイトと軽く挨拶を交わしながら、自分の席に座ると。
女子グループと談笑していた陽奈希が目ざとく反応し、小走りでこちらに駆け寄ってきた。
瞬間、教室内に微かな緊張が走る。
それもそのはず。
こうして陽奈希が朝から俺に絡みに来る時は、決まって俺が何かやらかしたとかケチをつけられて、言い合いになるのがお決まりなんだから。
鞄から教科書を取り出して机にしまい込む俺の真正面に、腕を組んで立つ陽奈希。
いつもなら澄ましたような顔に低いトーンの声でお小言をぶつぶつ投げかけてくる場面だけど。
今日は、どうも様子が違った。
「おはよー、
「お、おう。おはよう陽奈希」
緩みきった顔と明るい声で、挨拶してくる陽奈希。
……どうして少し噛みそうになってるんだ俺は。
「ふふ……渉って名前で呼ぶの、ちょっと慣れてきたかも。君は前から陽奈希って呼んでくれてたから、今更気にならないかもしれないけど」
少し照れたように、陽奈希は言う。
……これは本当に陽奈希なのか? なんだこのしおらしい生き物は。
「そう呼ばせたのは陽奈希だろ? 『
つい、心なしかきつい調子で返してしまった。
……まさか動揺してるのか、俺。
いやでも、今までだってこんな感じで言い合ってたんだ。
そこまでおかしな返事にはなっていないはず。
冷静になれ、俺。
「そっ……それはそうだけど……! わ、渉には下の名前で呼んでほしいなんて……そのまま言えるわけないじゃん……」
「なっ……だ、だったらなんで今それをそのまま言うんだよ……」
弱々しく抗議の眼差しを向けてくる陽奈希を前にして、俺の声は上ずってしまう。
……だから誰だよ。今までの冷酷な天宮陽奈希はどこへ行ったんだ。
「だって……もう照れ隠しはいらないでしょ……? これからは、今まで素直になれなかった分を埋めていきたいし」
いじらしいことを、嬉しそうに言う陽奈希。
その、無邪気な笑顔を前にして、俺は思い知らされた。
今まで、そんな風に意識したことはなかったけど。
天宮陽奈希の顔は、俺が好意を寄せている相手……天宮沙空乃と同じ顔をしているのだと。
その顔が、愛おしそうに、俺だけを見ている。
ぞわり。
――何か、高揚感みたいなものが、胸の内を駆け巡る。
「…………」
「…………」
気づけば俺は自分が教室にいることなど忘れ、陽奈希と見つめ合うような状態で、視線を交わし合っていた。
「ねえ、二人ってなんかあった?」
思考停止しかけていた俺を現実に引き戻したのは、さっき陽奈希と話していた女子の声だった。
「実は……昨日の放課後に、渉から告白されちゃった」
「えー!? じゃあ付き合ってるんだ!」
「ふふ……うん」
陽奈希の答えに、教室内が沸き立つ。
「おー、おめでとー陽奈希!」
「やったじゃん委員長!」
「ついに来たか―!」
普段から仲の良い女子だけでなく、男子からも拍手と歓声があがる。
陽奈希は基本的に、人懐っこい性格だ……俺にだけは、対応が違ったけど。
ともあれ、クラスの委員長としていつも明るく振る舞い、皆が楽しく学校生活を送れるようにと世話を焼いてくれる。
そんな中、俺の周りに二人の男子が集まってきた。
仲が良い……って程でもないが、去年から同じクラスで、誰にでも馴れ馴れしく接してくる奴らだ。
いわゆる、陽キャって人種なんだろう。
「おめでとさん」
「やるなあ伊賀崎」
二人から口々に祝われるが……俺としてはどうも腑に落ちない。
「なんで皆、この状況をすんなり受け入れてるんだ。俺たちはあれだけいつも言い合ってたんだぞ? もう少し驚くのが普通じゃないのか」
「おいおい、自分で告っといてそれ言う?」
「けど、客観的に見たら犬猿の仲って感じだっただろ、今までの俺と陽奈希って」
俺の言葉に、常陸と塔柴は揃って怪訝そうな顔をした。
「いや……?」
「むしろあれだ。喧嘩するほど仲が良いって感じ?」
「そうそう、夫婦喧嘩とか裏で言ってたもんなあ」
「ほ、本気で言ってるのか……?」
……まさか周りから、そんな風に見られていたなんて。
正直予想外すぎる。
けど、去年から俺と陽奈希がやり合っているところを目の当たりにしていた二人が言うんだから、周囲の認識は実際そんなものだったんだろう。
「委員長ってさ、あの天宮沙空乃と合わせて美少女双子姉妹なんて言われてるのに、男子から告白されたりとか聞かないだろ?」
「まあ……そうだな」
「姉の方があれだけ人気で、隙を見ては告白する男子が後を絶えないんだから、普通は妹の方だって同じようなことになるはずだ。何せ見た目はほぼ同じなんだから」
「……一理あるかもな」
「じゃあ、なんで委員長は天宮姉みたいに騒がれないんだと思う?」
常陸の問いかけに、俺は言葉を詰まらせた。
……なんでだろう。
性格の話をするにしても、あんな風にツンツンしていたのは、俺に対してだけだった。
他の人間にとっては、陽奈希は明るくて親しみやすい世話焼き委員長なのだ。もっと人気が出たっておかしくはない。
客観的に見たら、まったく誰からも告白されないというのは不自然な話だ……というのは納得できなくもないけど。
その理由は……全くわからない。
「さっぱりわかんねえって顔してるよこれ」
「ったく……」
呆れているのか、苦笑いする常陸と塔柴。
「なんだ……もったいぶらずに言えよ」
もどかしさを感じる俺に、塔柴はニヤリと笑った。
「特定の相手が既にいるって思われてたからだ」
「……特定の相手?」
俺は思わず、そのまま聞き返す。
まさか……それって。
「お前だよ、伊賀崎」
「オレらみたいに去年から同じクラスみたいな奴ならともかく、大して委員長のこと知らない奴が見たら、伊賀崎と付き合ってるようにしか見えねえからなあ」
「あんだけ熱心に伊賀崎について回る委員長を見せつけられたら、他の男はまあ諦めるわな」
「妹が無理なら、同じ見た目の美少女でフリーの姉に行こうってなるわけだ」
二人はそう言いながらも、「普通にそれも無謀だけどな」と笑い合う。
一方、俺は。
「マ、マジか……」
驚きを、隠せずにいた。
「マジよマジ。ぶっちゃけオレらからしてみたら『まだ付き合ってなかったの?』って感じ?」
肩をすくめる常陸を前に、俺は唖然とした。
なんだこの、知らない間に外堀が埋まりきっていたような状況は。
「ま、とりあえず良かったな。上手くいって」
ヘラヘラ笑いながら、肩を叩いてくる塔柴に対し、俺は。
途方に暮れるしかなかった。
それもそのはず。
俺の予定では、一夜明けて色々落ち着いた今日。
折を見て、告白は間違いだったと陽奈希に打ち明けるつもりだったんだから。
こうも周りから、公認カップルみたいな扱いを受けるとは……。
余計に、後戻りできない状況になってしまった。
……このままじゃ、マズい。
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