第11話 残骸

 鳥の様子を見るため、そしてシェリフと呼ばれる保安官の聴取を受けるためにアルネスとハクは出ていき、水時計は三時間の経過を表している。野菜を切りながら待っていると、廊下から騒がしい声が聞こえてきた。

「ただいま……」

「おかえり、ハク。酷いことはされなかったか?」

「うん、アーサーがいてくれたから大丈夫」

 騒がしい原因はハクではない。アルネスとタイラーだ。

「タイラー、久しぶり。ご飯四人前でいいんだよな?」

「タイラー、お前食べるのか?」

「食うに決まってんだろ!」

 念のため五人前は用意しようと決め、野菜をさらに刻んでいく。ハクも普通食に切り替わる。食欲があるのは良いことだ。ハクがちゃんと食べてくれると、俺の精神状態も良い。

「鳥はどうだった?」

「すっごく元気いっぱいだった。シルヴィエと、他にも面倒を見てくれている人がいて……。人と一緒なら、見に行ってもいいってアーサーが……」

「良かったな!」

 ハクも手伝うと言い、一緒に台所に立った。アルネスの土産である聞いてはいけない肉片を一口サイズに切り、一緒にスープの中に入れる。肉とアルネスはヒーローなのかもしれない。おかげで豪華な食事となった。

 酵母が出来上がっていないため、いつもの平たいパンだが焼きたてだと柔らかく、ほんのり甘い。塩を上に振りかけると甘さが引き立つ。

 四人で食卓を囲むなど初めてだ。斜め前のタイラーは、豪快にスープを嚥下し、パンは千切らずそのままかぶりついた。

「顔の傷……大丈夫か?」

「問題ねえよ。シェリフの奴らが飯を出さなかったんだ。俺を下に見やがって」

 多めに作って良かったと安堵した。

「大体よお、前科があるくせによく調べもしないで無関係だの知らないだの喚いてやがる」

「実際、無関係だろう」

「お前は医者だから判ることもあるだろうが!俺は知らねえんだよ!」

「熱くなりすぎだ。その結果、目を付けられてどうしようもない」

「お前なんか俺以上に目付けられてんだろ」

「あの……ごめんねタイラー……僕のせいで」

「お前は黙ってろよ。俺の問題だ」

「そういう言い方はないだろう」

 一つ判ったのは、アルネスとタイラーは並の仲ではないということ。言いたいことを言い合える、見えない繋がりを感じさせる仲だ。

 よほど空腹だったのか、タイラーの皿はすぐに空になる。カゴから取ったパンにたっぷりとリンゴジャムをつけ、大きな口に入れる。アルネスはリンゴジャムを見ては、奇妙で何か言いたげに、ジャムと大男を交互に見る。

「なんだよ」

「別に、何も」

「何か言えって」

「特に用はない」

「あー、あのさ!」

 無理やり口を挟み、残りわずかとなった瓶をアルネスに差し出した。

「リンゴってこの辺りで採れるのか?」

「果物は一応採れるが、甘くないし美味くないぞ」

 何度目のお代わりかわからないパンをタイラーは口に入れた。

「ジャムに出来そうなものをまた持ってきてくれると嬉しい。火を通せば大体は甘くなるし」

「分かった」

 ぶっきらぼうな一言だったが、いつもより少し早い返事だった。

 食事の後はタイラーが片付けを引き受け、アルネスと共にハクの世話だ。風呂は一人で入れると豪語し、念のため近くで待機するが何の心配もなかった。

「過保護……」

「心配にもなるだろ」

「自殺は……しないよ」

 純粋な目はまっすぐに確信をついてくる。黙れば真実だと認めてしまうため、窓もないのに明日の天気や気温の話に話題を変えた。不自然すぎた。

「……ありがとね」

 俺も微笑んで終わりにした。無理やり長引かせる話題じゃない。

 リビングに戻るとアルネスとタイラーはまた言い争いをしていた。

「今度はどうしたんだ?」

「戦うだの言い始めたんだ。この馬鹿は」

「だってよお……」

「それだけハクのことを心配してるってことだろ。外の世界のことはよく知らないけどさ、人が死ぬ道は選ぶべきじゃないよ」

 あれだけ騒いでいたタイラーも、争いが嫌いなハクも、そしてアルネスも。まるで別世界の住人になったように、魂が抜け落ちたように、目に宿る覇気が失われた。

 三人の様子から、別世界にやってきたのは自分ではないかと酷く混乱した。彼らは元々此処にいて、この世界を知る人物たちで『外』へも自由に行き来できる。

 一度どつぼにはまってしまうと、溢れてははならない感情が湧き上がってくる。死ぬまで此処にいるべきなのか。『外』には何があるのかと、また脳が命令し出す。

 ふと額に冷たさを感じ、俺は身体を大きく揺らした。

「アルネス……」

 アルネスの手は相変わらず冷たい。汗が吹き出た額を拭うように手で髪を上に上げ、また乗せてくる。

 心地良くて身を任せていると、タイラーの咳払いではっと目を開けた。

「はっきり言うが、私はお前が一番大切だ」

「……え? え?」

 抑えきれない熱が身体の表面に出て、汗となって滲んでくる。

 大切だけでなく、最上級の言葉までついた殺し文句だ。

「冗談? 悪いものでも食べたのか? リンゴのジャムとか」

「冗談を言うように見えるのか? それとリンゴのジャムは何も問題はない」

「その、シュガービーツが一番好きですみたいなノリで言われても」

「シュガービーツが一番好きなどと言った覚えはない」

「じゃあジャム?」

「お前は何なんだ」

「それはこっちの台詞だって! いきなりで照れてんの!」

 頬をむにむにと解し、軽く叩いてみたりもした。上手く話を逸らしたいのに、肝心な言葉のボキャブラリーが足りなすぎて何も浮かばない。どうしよう。うれしい。

「側にいてくれ」

「う、うん……いるよ。うわあ、すげー照れる。これからもよろしくな!」

「ああ」

「……さっきの話だけどな、」

 タイラーは話を遮る。

「下の奴らと話し合いしたってどうしようもないだろ。金品や食いもんを根こそぎ奪おうとしてくるんだから」

「そのためにシェリフが存在している」

「本気で言ってんのか」

「仰がせるだけ仰がす」

「お前、何か掴んでるんだな?」

 アルネスは足を組み替える。長い足が余り、ソファーとテーブルの距離が狭そうだ。

「金の横流しが行われている可能性がある」

「どこからどこへ?」

「……下からシェリフへ」

 独特の間があり、いつものアルネスだ。

「下の奴らってそんな金持ってねえだろ」

「金とは言ったが、何も現金の話をしているわけではない」

 疲れたのか、ハクは向かい側のソファーで横になりすでに寝息を立てている。毛布を掛けてやり、頭に枕を差し込んだ。

 アルネスは眠ったハクを尻目に、話を続けた。

「この前、患者が支払いの際に袋を落とした。中には光る石が多数入っていた」

「宝石か」

「三区にはまだ我々が出入りを禁じられている箇所が複数ある。そこに出入りし、……地下を掘っているとしたら」

 三区とは、彼らが下と呼んでいる区域のことだろう。

「お前さ、シェリフは無関係とか言ってなかったか?」

「無関係だろう。ハクの身体から採取した体液の鑑定を行った結果、上に住む奴らに該当する者は存在しなかった」

「売ったってことか?ハクを」

「………………」

 現実だ、受け止めろと、アルネスは沈黙で返答した。「……シェリフのメンバーは暴漢したわけではない。金品を受け取り、事件の隠蔽を図ろうとしていると、私は読む」

「つーかなんで上の奴らのDNA知ってんだよ」

「私は医者だ」

「答えになってねえ。何人いると思ってんだ」

「あのさ……」

 また不毛の争いが始まる前に、口を挟んだ。

「俺……何かすることはある?」

「……ある」

「よし!」

 思わずガッツポーズを決めた。もし正反対の言葉を彼が口にしようものなら、今度はアルネスと不毛な争いをしなければならなかっただろう。

「横流しの証拠はどうやって見つけるんだ?」

「……それは、」

 アルネスの視線を追うと、規則的に寝息を立てるハクの姿だ。

「鳥を使う」

「ああ、なるほど」

「どういうこと?」

「ハクは鳥を使って簡単な配達もやっているんだ。カメラか何か仕込んで上から撮影するってことだろ。けどバレねえか?」

「……森に紛れながら撮影するしかない」

「結局はハクの体調が良くなるまで待てってことか」

「お前にはお前の役割がある」

「なんだよ」

 アルネスが動くたびに絹糸のような髪が肩を流れ、俺は固唾を呑んだ。

「……植物の世話だ」




 ハクに朝食の片付けを任せ、俺は呼ばれるままに赤ランプの付いた部屋の前に来た。動物部屋の隣の部屋だ。

 暗証番号の入力後、炭酸水を開けたときのような音が鳴り、分厚い扉が開く。

「…………すげえ」

「そうか」

 感嘆の息を漏らすと、アルネスは淡々と答えた。凪には少し口角が上がっているように見えた。

「これ、全部アルネスが育ててたんだよな……」

「ああ」

 アルネスは絶対に喜んでいるが、ここで反応しては機嫌を損ね兼ねない。なんとか自然体でいなければと、頭を捻らせる。

「壁に凭れてる姿も絵になるな」

「……お前は何を言っている」

「ああっ、違う! いや、違わないけど!」

「さっさとついて来い」

 一面に広がる緑に、天井には無数の明かり。アルネスがひとりで育てたという家庭菜園は、半分が小麦、残りの面積で野菜を育てていた。

「小麦とシュガービーツと少しの野菜って感じだな」

「………………」

「土のない畑って画期的だなあ。水耕栽培ってやつ?」

「……ああ」

「ピーマンは?紫色なんだけど」

「全部、我々の食料だ」

 小麦は放っておけば勝手に育つ、野菜はある程度の手入れが必要で、いらない葉や育たなくなった実を鋏で切り、それは家畜の餌となる。家畜の糞は機械に通すと水耕に使える養分になり、様子を見て少しずつ手動で加えなければならない。水は自動だ。

「育てやすい野菜のみだ。足りないものは他で購入する」

「小麦は? これもまさか手動?」

「あの機械の中に刈ったものを入れる。自動で小麦粉になる。製粉機だ」

「便利だなあ」

「……明日以降、暴行の件で私たちは動く。その間、お前に此処も任せたい」

「その間じゃなくて、俺に任せてよ。でも俺、植物の世話は初めてだから、空いた時間に一緒に見てほしいな」

「分かった。……では、頼む」

「あのさ、」

「頼む」

「……了解」

 外の手伝いはさせてもらえないのは想定内だ。

 ミステリアスな男はまだ育っていないシュガービーツを見つめ、さっさと踵を返してしまった。

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