8

「今日は飲め飲め食え食え!いくらでも焼いて食え!全部俺がおごってやる!」


 顔を真っ赤にし涙目で酔っ払ったコーチが飯塚の肩を抱き寄せながら、酒臭い息を鼻に押し付けて叫んだ。


 普段なら最悪な気分だが、今日だけは気にならない。むしろ最高の気分だ。



「もう誰にも『無冠の飯塚』なんて呼ばせねェぞ!」



 あの瞬間、飯塚は自分がゴールしたことにも気づかず、強く叩きすぎた右手の痛みでやっとタッチを決めていた事を理解したくらい夢中だった。





 47.82秒。




 煩すぎる歓声の意味が、遅れて理解できた。





「日本新!飯塚隆が日本新を塗り替えました!」







 一番だ。一番自由な場所で一番になったんだ。







 飯塚は未だ夢見心地ではあるが、ひしひしと達成感を嚙みしめつつ、その時の光景を思い出し少しだけ酔いしれた。




「こりゃー、オリンピック出場どころかオリンピックで金メダルまで獲れるぜ!がっはっはっは!」




 いつになく饒舌なコーチは周り人物の誰彼に構わず肩を抱き、そう言いながら笑っては泣いていた。




 確かに、このままタイムが上がり続けていけば世界新も夢では無いかもしれない。





——ポコポコッ



 スマホにラインが届いた。そういえばすっかり同窓会の返事を返さないままだった。



 親からのおめでとうのメッセージは一度スルーして、同窓会の返事を返す。





「いきます、連絡ありがとう」





 それだけ打ち込んで、飯塚は食事に戻った。


 断食以降、5日ぶりに食べる肉はどれも最高に美味しく、コーチが焼き続ける焼肉をお酒もそこそこに次々と平らげた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る