追憶の結末

有栖川ヤミ

平成15年5月1日

 五月一日、私は死んだ。私は、私の名前を思い出せない。

人生も、考え方も、大切な人も、何もかも忘れてしまった。覚えているのは、死んだ原因と、『ミオちゃん』と呼ぶ誰かの声だけだ。ここまで何も分からないと、自分が生きていたのかすら怪しくなってくる。

 でもまあ、生きてはいたのだろう。私は死ぬ間際、私のいたであろう身体を見た。

小柄で、華奢な体だった。顔はよく覚えていないが、奥二重で、幸が薄そうだったような気がする。

いつまでも自分語りをしていても仕方がないので、この辺りで現状を説明しようと思う。第一に私は、死んだのに意思がある個体、不可視インビジブルの形でこの世に留まっている。何故そうなっているのかは後で説明するとして、今私が一番言いたいのは、天国も地獄も存在しないということだ。つまり、人に生れ落ちてしまった限り、一生救われることは無いのだ。人間は悲劇カタストロフィ―を背負わされた生命体なのだろう。

ああ、不可視になった理由を説明するのを忘れていた。簡単に言うと、生前の記憶がない魂は成仏できないらしい。だから記憶が戻るまで、私は透明な布のような見た目で宙に浮いていなければならないのだ。そんなことを言ったって、思い出せないものは思い出せないのだから、さっさと成仏させてくれたら良いと思う。ちなみに、一周忌を迎える前に記憶が戻らないと、何か大変なことが起こるらしい。人生終わったはずなのに、何でまた苦労しなきゃならないんだろうか。



 


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