六章 不可視の殺人 2—3


「そう。つまり、水魚さんが生まれる前、その親が御子だったってことだわね。そのあと、御子さまがどこ行ったかはわからんけど、それは探したら、いけんけん(いけないから)」


「え? なんで?」


「御子が変身した人のこと『おやどり』って言って、ほかの村人は、その人が御子だって気がついても、他言したらいけんのが村のルール」


 まじめな池野くんに続いて、安藤くんは、ちょっとからかうような口調で言った。


「そのオキテやぶったら、昔は殺されるか、一生どっかに幽閉されたらしい」


 どっかって……ここでしょ。

 この滝裏人工洞くつ。


「でないと御子が安心して暮らせんがね」


 要するに、御子を守るためのオキテってことか。

 御子の存在は村人にとって、『見えない』ものじゃないとダメなんだ。

 誰がババを持ってるか、指摘しちゃいけないルールなんだね。


 僕は納得した。


「それでなんだね。僕が夜祭で御子を見たって言ったとき、みんな、そんなの見えなかったって答えたのは」


 二人は照れ笑いした。


「ごめん。だって、あれはヤバイよ」

「見たとは言えんしなあ」

「まあ、祭のときに代役たてるのはよくあるけど」


 よかった……僕、見える人じゃなかったんだ。

 それだけは、ほんとに泣くほど嬉しい。


「これで夜道をふつうに歩ける! 変だと思ったんだ。僕に霊感なんてあるわけないし」


 ごめん、ごめんと二人が笑う。

 僕はハッと我に返った。


「そうだよ。その代役してたの、蘭さんだ。あのときの御子、蘭さんだった」

「そういえば、村の誰かにしては見たことない感じだったな」

「はあ……蘭さんだったなら、キレイだったろうなあ。顔、見たかった」


 いやいや、さっきの発言とムジュンしてるでしょ。

 指摘しちゃってるし。


「笑いごとじゃないよ。二人の話がホントなら、蘭さんは村の人じゃないから、御子にはなれないよね? 生まれつきの長寿でもないし、変身って言ったって、どうやって御子が蘭さんになるんだろう。蘭さんが二人になっちゃう……」

「シャーマンのほうの巫子は、骨髄移植でなれるらしいよ」

「あッ、その話、おれも聞いた」


 さっきまでオカルトだったのに、そこで、なぜ急にSFになるのか。


「骨髄って誰の?」

「もちろん、巫子の」


 あっ、そうか。

 水魚さんが正真正銘、百歳なら、彼は立派なミュータントだ。体の構造とか、遺伝子とかから、常人とは違うんだろう。

 そういう人の骨髄をわけあたえられれば、常人の体組織にも変化があらわれて当然だ。


「骨髄ってことは、幹細胞だもんね。骨髄移植で血液型も変わるんだから」


 水魚さんが言ってた『長生きの素』って、そのことなんだろうな。


「でも、蘭さんのミコはシャーマンのほうじゃないみたいなんだけど」

「そこまでは、おれやつにはわからん」

「まあ、そうだよね」


 だけど、おかげでいろいろわかった。猛に相談だ。


「それより、いいかげん、ここ出ようよ。お腹すいてきた」

「ああ、ほんとだ。六時すぎちょうわ」


 安藤くんが腕時計を見たので、僕も自分の時計を見た。

 六時三分。

 僕らは入口の格子戸に向かっていった。

 しかし、まもなく、前を歩いていた二人が、大声をだした。


「どうしたの?」

「大変だ。かーくん。カギが……」

「えっ?」

「カギが、しまっちょう」

「ええッ?」


 見ると、なんてことだ。

 入るときには地面に置かれていたカンヌキがはめられ、しっかり錠前がかけられている。

 僕らは閉じこめられてしまったのだ。


「ど……どうしよう」

「だれか、ケータイ持っちょう?」

「おれ、持ってない」

「僕も」


 これは困った。

 出られないじゃないですか。


「なんで? 誰かに閉じこめられたってこと?」


 言ってはみたが、まあ、現にカギがかかってるんだから、そういうことなんだろうな。

 僕らが中にいることを承知でカギをかけたのか。それとも、水魚さんとかが、たまたま外まで来て、カギがあいてるのを見て閉めちゃったとか。なかに僕らがいるとは思わずに。


 この場合は最悪、丸一日くらい閉じこめられていれば、次に水魚さんが通りかかったとき、叱られるのを覚悟で出してもらえばいい。

 神聖な場所に入りこんでと、水魚さんは怒るかもしれないが、それだけのことで僕らを殺しはしないだろう。

 蘭さんがなかに捕まってたんなら、ともかく、かんじんの蘭さんはいなかったんだし。


 だが、もし、そうではなく、最初から僕らを閉じこめるつもりでカギをしめたんだとしたら……。


 それは、ひじょうに弱ったことになる。

 この場所は元来、村人の立ち入らないところだ。来るのは、たぶん、水魚さんくらい。水魚さんに僕らを出す気がないなら、僕らには外に出るすべがない。

 入口の格子戸をこわすノコギリみたいな道具もないし、外と連絡する手段もない。

 ゆっくりと、ここで餓死していくしかない。


(ああ……どうしよう。こんなことなら、香名さんに、どこに行くんだか場所も書いとくんだったなあ)


 ガックリする僕に、池野くんが冷静に提案する。僕より小柄なのに、意外と度胸がある。


「誰かが通りかかるまで待つしかないんじゃない? そのうち、親とか、帰ってこらんって騒ぎだせば、青年団のみんなが探しだすと思うけん」

「そうか。たしかに。近ごろ変死とか多いし、大騒ぎにはなってしまうだろうけど、そのぶん、大々的に捜索されるよね。ということは、長くても今夜一晩ガマンすれば、見つけてもらえるかも」


 僕はとたんに元気。

 でも、安藤くんはお腹をかかえた。


「じゃあ、夕食ぬきかあ」

「ああ……それはしかたないね。せっかく、コロッケ作ったのに。なかに冷めても美味しいチーズ入れてさ」

「わあっ、そぎゃんこと言わんで。よけい腹へるぅ。チーズインコロッケ、うまそう」


 池野くんが苦笑した。


「ミツルはノッポだけん、よう食うもんね(猛もよく食べる)。奥の部屋にお菓子でも置いてないかなあ」

「奥、部屋になっちょうで?」

「あれ、さっき、かーくん、おどすとき、なかまで見ちょらんだった?」

「暗くて、よう見えんだった。じゃあ、行って、しらべてみるか」


「でも、ここ、誰かが見ていないと、ダメなんじゃ?」と、僕は口をはさんだ。


「そげか(そうか)。もしかしたら、誰か来るかもね」


 外は暗闇。

 なかは格子戸でふさがれた、洞くつアンド座敷牢。

 この状況で、一人で見張りできる根性を、僕は持ちあわせていない。


「僕……一人はちょっと……」


 二人は声をそろえて笑う。


「かーくんはダメだないか。藤村では暮らせんね」

「まあ、いいよ。じゃあ、わが一人で、ここ、見ちょうけん」


 言ってくれたのは、池野くん。

 ありがたい! 感謝カンゲキだ。


「ありがとう! じゃあ、ちょっと行ってくるね」


 僕は安藤くんと二人で奥の座敷牢へとってかえした。

 座敷牢の電灯は、茶色く、わびしい。


「食料なんてなさそうだね」

「こぎゃんことなら、さっきのポッキー、持ってくるんだった」

「僕もあげたて持ってくるんだったかなあ」


 僕と安藤くんがグチをこぼしあってたときだ。

 おもてのほうで叫び声がした。


「池野くん?」

「星夜、どげした?」


 僕らは急いでかけていった。

 入口に来ると、血の匂いがした。

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