五章 不在の殺人 1—2
——今度の巫子は、ミコさまのエニシじゃないけんのう。
そう。そんなこと言ってた。
(今度の巫子ってのは、あずささんだよね)
でも、おじいさんが次に言ったミコには『さま』がついてたから、これは巫子のことじゃない。
前に水魚さんが話してた、御子のことなんじゃないのか?
神社の神様だ。
じゃあ、御子のエニシってなんだ?
エニシは、つまり、縁、ゆかり、関係ある人ってことで、血縁のことか。
御子と血縁?
そんなことあるのか?
だって、御子ってのは何千年も生きてる怪物のこと。神話のなかの空想上の人物だ。そんなのの血縁がいたら、その人も怪物だ。
だとしたら、この村は怪物だらけか?
ぞおッとして、猛にとびつきたいところだけど、残念! 猛がいない。
そこで、ちょっと冷静に思案を続ける。
さっきのおじいさんの言いぶんが、ほんとなら、これまでの巫子は御子の血縁ってことになる。
水魚さんや、見たことないけど、茜さんっていう女の人。
二十代にしか見えない百歳の水魚さん。
じっさい、怪物ではある。
(ちょ……ちょっと待ってよ。まさか、ほんとに、ほんとに、そうなのか? まさか、水魚さんって……)
——これまで巫子は村人から選ぶのが、ならわしだったんです。大切な巫子ですから……。
にわかに香名さんの言葉がよみがえる。
もし巫子が御子の血縁だというのなら、それは巫子に選ばれて当然だ。
ただ見ためがキレイとか、そういうことじゃないんだ。
もしそうなら、不老の体質って、もしかして生まれつきのものなんじゃ……?
もう認めなきゃいけないんじゃないだろうか。
この村の伝説、ウソなんかじゃないんだって……。
ぼうぜんとする僕の耳に、老人たちの話し声が続いて入ってくる。
「そげなら、今度は『おやどり』があるだね」
親鳥? はて、なんの?
「まあ、そげ(そう)でしょう。だないと(じゃないと)巫子の役がつとまらんが」
カモかな。ニワトリかな。キジとかだったりして。
「わ(私)も昔、やったけんね」
「しいッ。そぎゃんこと、言うことだねが(ええと……そんなこと、言うな、的な)」
「いいがね。わは昔のことだけん、もう関係ねが。魚きっつぁん(魚吉さん?)より前だぞね」
「まんず、この人はもう酔っちょうだねか(たぶん、酔ってるの? と言っている。もう限界。出雲弁)。なんぼ昔のことだてて、人前ですう話だないがね(もう、わかんない)」
「みんな知っちょうことだわね」
よく見たら、あれ、大西くんのおじいさんじゃないか。
前に散歩してるとこ見た。
さすが、なまりアイドルのじいちゃんだ。
「まあまあ、めでたい日に夫婦ゲンカはやめえだ」
近くにいた人が仲裁に入って、話は終わった。
僕は事の真相が知りたくて、大西くんに通訳してもらおうとした。が、そういえば、今日はなまりアイドルの姿、見ないなあ。場所取りに失敗して、下のほうにいるのかな。
そのあいだにも、あずささんは社のなかに入り、祭壇の前に正座する。
神主の八頭さんが
それが終わると、八頭さんも座り、おはやしだけが続く。
なんで誰も動かないんだろうなあ。
と、そのときだ。
その瞬間まで、そんなとこに人が立ってることに、僕は気づかなかった。
おかしいな。いつのまに?
社の板の間の左手に廊下がある。
ふだんは雨戸で仕切られて閉ざされている。
その廊下に、急に人が立っていたのだ。奥へむかって、するする歩いていく。
束帯とかいうんだっけ。
聖徳太子みたいな服きて、檜扇で顔をかくしている。
でも、なんか……あの後ろ姿……まさかね。
その人があらわれると、村人の歓声はいっきに高まった。
さっきのあずささんの比じゃない。
まるで、ファンクラブ限定のプレミアコンサートで、名誉会員たちの前に、アイドルが姿を見せたみたいな大さわぎだ。
わあわあいう悲鳴で、よく聞きとれないが、みんな口々に「ミコさま。ミコさま」と叫んでいるようだ。
(あれが……御子?)
御子って、ほんとにいたのか。
御子は顔を扇でかくしたまま、祭壇の奥に座した。
若い男だろうというのは、体形からわかる。
いや……というか、さっきから気になってるんだけど……まさか、そんなはずないよね?
あれ、蘭さんに見えるんだけど……。
うしろ姿も似てたし、ぱっと見た瞬間に、そんな気がした。
そこで僕はハッと気づいた。
そうだ。指輪だ。
さっき廊下を歩いてたとき、あの御子、指輪してたよ。
冠をかぶったヘビの指輪。
蘭さんが古井戸の近くに落とした、あの指輪だ。
まさか、ほんとに蘭さんなのか?
どのくらい、僕は立ちつくしていたろう。
あれが蘭さんなんじゃないかと思うと、恐怖に体がすくんだ。
蘭さん、巫子どころか、もっと変なものに選ばれちゃったんじゃないだろうね。
「蘭さん! 蘭さん——」
僕の叫び声は、まわりの人たちの歓声にかき消された。
そうこうするうちに、祭の儀式は終わった。
はやしかたの青年たちや、八頭さん、水魚さん、みんながぞろぞろ社から出てくる。
僕らの見てる前で、社の扉は閉ざされ、水魚さんの手で錠前がかけられる。ここの錠前は、さしわたし三十センチもある巨大なものだ。
これで社は密室になった。
あのなかには今、蘭さんと、あずささんしかいない。
(まさか、蘭さん、このためにさらわれたのか? 今日の儀式のあいだ、御子の役を演じるために?)
つまり、神様の代役ってことか。
香名さんは『みこ』に選ばれたって言ったけど、そう言えば、一度もシャーマンのほうの巫子だとは言わなかった。音から僕が、かってに巫子だと思っただけだ。もしかしたら、香名さんは初めから『御子』のつもりで言ったのかもしれない。
(たいへんだ。早く、猛に知らせないと)
なんで『早く』なのか、自分でも説明がつかない。
が、この夜祭が成功すると、二度と蘭さんに会えない気がした。
「では、御子さま。明朝一番にお迎えにあがります」
そう言って、水魚さんは巨大なカギたばを着物のふところに入れた。
あれに古井戸とか、滝つぼとかのカギも入ってるんだろうなあ。
明日、朝一番に水魚さんが一人で社に入り、御子の返事をきくことになっている。
御子がオッケーと言えば、婚礼は成立だし、ノーと言えば、破談。
巫子選びはふりだしに戻る。
とにかく今夜は、これでおしまいだ。
村人たちは、いっせいに散っていく。みんな祭の趣旨を理解して、ジャマにならないようにしているのだ。
(祇園祭の宵山なんて、夜中遅くまでさわぐ人がいて、警備の人が立つほどなのに)
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