五章 不在の殺人
五章 不在の殺人 1—1
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夕方になると、神社の提灯に灯がともされた。
満開の桜を闇に白く浮きあがらせる。
夢のように美しいというのは、こういうことを言うのだろう。
夜祭といっても、ここのは神聖なやつだから、出店なんかは一つもない。
咲きほこる桜は超然として、どこまでも厳かに美しい。 神様だけのために咲いている誇りをもっているかのようだ。
この桜の咲きほこる境内に、祭ばやしの笛の音がひびく。そろいのハッピをきた青年団のみんなが演奏している。
社の前やまわりには、村人がおそらく動ける者は全員、集まってきている。
あぶれた人たちは石段の両脇に立ちならんでいた。
待ちわびる村人たちのなか、石段の下のほうで、わあッと歓声があがった。
巫子が到着したのだ。
げんみつには巫子候補のあずささん。
今夜、神様との婚姻が成功すれば、晴れて新しい巫子となる。
水魚さんの先導でやってくる姿が、境内で待つ僕の目にも入ってきた。
白むくの着物に緋ばかま。
朱色に金糸で刺繍の入った
金の冠。
平安のお姫さまみたいな、すごい衣装をまとって、喜色満面だ。
背が高いから迫力があって、こういうときは、たしかに目を引くね。
おお、きれいな花嫁さんだと、見物人から声がもれる。
しかし……そりゃね。
あずささんもキレイだけど、これが、もし蘭さんだったなら、歓声はこんなもんじゃなかったよ。
あの衣装なら体形はかくれるし、ほぼ女装で、リアル天女だよねえ。
あの白い肌に
う、美しすぎる。
僕は妄想だけで、クラクラきてしまった。
蘭さんを巫子にしたいっていう水魚さんの気持ちも、まあ、わからないじゃない。
だけど、巫子になったら、この村から出れないし、なんか変な研究と関係あるような屋敷に、僕らの大事な蘭さんをあずけられないよ。
それにしても、やっぱり巫子は、ちゃんと、あずささんなんだ。
蘭さんにするつもりなんじゃないかってのは、僕らの思いすごしだったのか……。
まあ、それを確認するつもりもあって、こうして僕は祭見物に来ている。
早めに来たんで、場所は最高。
社のなかまで、バッチリ見れる最前列がとれた。
となりには香名さんや田村くん、池野くん、安藤くんなんかもいる。
彼らは若いので、祭のなかでも、こういうハイライトの場面では演奏させてもらえないのだ。
そういえば、今、演奏してるのは三十代の人たちばかり。
笙っていうのかな。日本風の笛をふいてる龍吾は、ちょっとカッコイイ。
ちなみに猛はわけあって来てない。
「あれ、かーくん。猛さんは?」
「あ、猛ね。そのへんにいるはずなんだけど、人ごみで、はぐれちゃって」
と言っといたけど、しめしめ。
誰も疑ってないみたいだ。
猛は人目が神社に集中してるスキに、滝つぼでイケナイことしてます、なんて言えないし。
滝つぼで、猛が僕に見せたかったのは、研究所に通じる、ぬけ道だけじゃなかった。
見るものは見たし、帰ろうよと言う僕に、猛がチョイチョイ手招きして、示したのは——
「ああッ! なにこれ、兄ちゃん」
「声が大きいよ」
だって、ビックリしたんだから、しょうがないじゃないか。
そこにあったのは、ぬけ道より、さらに驚愕するものだった。
岩壁をつたって、滝つぼまで歩いていく細い道がある。道というより、もう平均台だ。猫なら喜んで歩くだろうけど、人間は足すべらしたら、滝つぼにドブンだ。滝に用がないかぎり、誰も好んで、そこへ下りていこうとは思わないだろう。
しかも、そこへ行く手前に、ヤブがあって、ジャマったらない。
神聖な滝だっていうんなら、こんなヤブ、刈りこんじゃえばいいのに。
ところがだ。
猛が手招きして示したのは、そのヤブが平均台にかかる、まさにその場所だった。
「なんだよ。こんなとこで、僕が滝つぼに落ちたら、ちゃんと兄ちゃんが助けてよね」
なさけないことを言いながら、僕がヤブのなかをのぞくと、ビックリだ。
岩壁とヤブのあいだに人が一人、もぐりこめるスキマがある。
そこの岩壁に、ぽっかり穴があいて、頑丈な木の格子戸がとりつけられてるじゃないか。格子戸には鉄のカンヌキと、それをぬけなくする錠前がぶらさがっていた。
こういう格子戸、つい最近、どっかで見たぞ。
そうだ。神社だ。
不二神社の床下にあった、あの古井戸だ。
「猛。これ」
「ああ。ここも神社の管理地なんだろうな」
「じゃあ、もしかして、蘭さん、ここに?」
「そうかもな」
「かもなって、どうするの? 警察、呼ぶ?」
「水魚たちの背後に、ほんとに国家がらみの組織がついてたら、動いてくれないよ。大丈夫。今夜は夜祭だ。やつらの目はここまで届かない。そのあいだに侵入をこころみるんだ」
「でも、カギが……」
「格子は木だろ。ノコギリがあれば、どうにかなる」
「ばれるね。忍びこんだこと」
「ばれるさ。でも、蘭をとりもどせば、もう、この村に用はない」
「わかった。ノコギリなら、香名さんちの納屋にあった。僕、とってくるよ」
「かーくん。ノコギリはおれが取りにいく。おまえは祭に行って、みんなのようすを見といてくれ」
「ええっ?」
「だって、蘭が巫子なら、もしかしたら、もう、ここにはいないかもしれない」
「あ、そっか……」
というわけで、僕は祭、猛は滝裏潜入大作戦だ。
僕が祭を楽しんでる今このとき、猛は一人さみしく格子戸を切ってるのである。
ごめんね。兄ちゃん。ガンバレ!
(なんだ。巫子が蘭さんじゃないなら、こっちはよかったな。兄ちゃんといればよかった)
猛は僕を危険なめにあわせまいとして、一人でムチャする傾向があるから心配だ。
しかし、今さら、この人ごみに逆らって、神社を脱出するのは不可能だ。
とりあえず、巫子が社に入って、見物人が減るのを待とう。
それに、こんな気が気でない状態の僕が見ても、八十年に一度の大祭というのは、たいしたものだ。
とくに大がかりな何かが行われてるわけじゃないのに、なんでだろう。
興奮した村人たちの異様な熱気が、僕にも伝わってくるせいかもしれない。
「はあ。きれいな巫子だがね。これでまた村は安泰だわ」
「水魚さんときも、まげに(ひじょうに)きれいだったが」
「今度の巫子さんはハイカラなこと。モダンガールだがねぇ」
周囲のざわめきをなんの気なく聞いていると、
「今度の巫子はミコさまのエニシじゃないけんのう」
ん? なんか、今のは変なセリフだったぞ。
もう一回、リプレイ。リプレイ。
僕は小耳にはさんだ老人の言葉を、胸の内に反復する(ほんとにリプレイできたら便利だけど、人間じゃない……)。
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