四章 不連続な殺人 3—4


「あれ、かーくん」

「あれ、じゃないよ。こんなとこで、何してんの?」

「いやあ、道に迷って」


 ウソばっかり。


「荷台でいいから乗せてくれ。池野」

「いいよ」


 というわけで、僕らは兄弟そろって軽トラに便乗し、池野くんちの前でおろされた。


「ありがとう。おもしろかったよ。研究所見学」

「いやあ。もっと中まで見れえと、よかったけどね。ごめんだよ」

「でも、霊柩車のウワサは信じる」


 あっはっはと笑い声をあげる池野くん。

 笑顔を見ると、良心が痛む。


「よろけちゃったときは、ごめんね。血が出てるみたいに見えたし、あせったよ」

「ああ、あれ。ちょっと、つき指しただけだけん、気にさんで」


 池野くんは、僕の前に元気に手をふる。ほんと、なんともなくて安心した。


「じゃあ、また」


 僕らは池野くんと別れた。時刻は三時前。


「かーくん。研究所見学って?」


 僕は事情を説明した。


「池野にケガさせたの?」

「ぶつかっちゃって。池野くん、壁と台車のあいだに挟まっちゃったんだよ」


 身ぶりつきで、僕はそのときのようすを再現してやった。


「一瞬、親指ちぎれたみたいに見えて、すごい、あわてたよォ」

「ふうん。まあ、なんともなかったなら、いいけど。霊柩車ってのは?」


 チッ。聞いてたか。

 これまた、僕は説明した。

 猛は口をへの字にした。


「なんでそんな大事なこと、おれに言わないんだ」

「大事なって……だって、猛に言ったら、絶対、絶対、僕をからかうネタにするだろ」

「するよ。するけど、それはほんとに大事なピースのひとつかも」


 するよ。するけど——って、なんだあッ!


 僕は叫びたいのを、ぐっと、こらえた。ムダだ。どうせ猛に言ってもムダなんだ。兄は僕をからかうことを生きがいにしている。


「ほかに隠してることは?」

「故意に隠してることはないよ」

「ほんとに? オカルトネタでも?」


 それは……たくさんあったので、しかたなく白状する。顔なし女とか、ホルマリンづけの赤ん坊とか。


「ほらみろ。いいネタ、いっぱい持ってるじゃないか」


 なんか、それ、事件に関係なく、おもしろがってるでしょ?

 どうせ、あとで僕をさんざん怖がらせる気だ。


「あとは?」

「もうない。あ、でも、それを相談したかったんだけど、さっき、香名さんが……」


 僕の話を聞いても、猛はおどろかなかった。


「まあ、彼女はこの村の住人だからな」


 猛が歩いていこうとするので、僕は追いすがった。


「ちょっと、どこ行く気?」

「おまえは帰っていいぞ」

「やだ。僕も蘭さん、さがす。蘭さんを巫子なんかにさせられないよ」

「本人が望んでることかもしれないぞ」

「猛、本気で言ってんの? 怒るよ」


 猛は吐息をつきながら、力なく笑った。


「わかってるよ。わかってる。たとえ一度は、あいつが望んだことだとしてもだ。それはヤケになってたからであって、本心じゃない。目をさましてやらなくちゃな。いいよ。来な」


 僕は猛のあとについていった。

 兄をやりこめられることは、めったにないので嬉しい。


 猛はひとけのない道をえらんで、村の北西方面へ歩いていった。

 てくてく進んでいくと、やってきたのは、あの滝に続く入口だ。


「ちょ……ここ、一般立ち入り禁止だって……」

「そう言っとけば、誰も近よらないだろ」


 やっぱり、そうだ。

 猛は立ち入り禁止とか気にしないんだ……。


 猛はスタスタ、やぶのなかの小道へ入っていく。

 ああ、もう、しょうがないなあ……。


 昨日はドキドキの肝試しスポットだったけど、今日は昼間なんで、木もれびの明るい、絶景の散歩道。

 澄んだ、せせらぎ。

 萌えいずる新芽。

 小鳥のさえずり。

 はあ、いやされる。

 人の手がほとんど入ってないから、自然の美しさが濃縮されてる感じ。

 ご神域だってのも、うなずける。


 でも、猛が僕に見せたかったのは、美しい自然じゃない。


「昨日、歩いたときも、位置から言って、もしかしてとは思ったんだ。ほら、昨日は暗くて見えなかったけど」


 滝つぼの前で、猛が指さしたものを見て、僕は困惑した。

 昨日は、ここで水魚さんに出会って引きかえした。だから、そこで道も終わりだと思った。

 けど、そうじゃなかった。

 舗装も敷石もされてない土の道が、ほそぼそと山のなかに続いていく。


「あ、でも、マツタケ山があるって話してたよね。マツタケ山に行く道だよ」


 猛は笑った。


「さっき、なんで、おれがあんなとこに立ってたんだと思う?」


 え? まさか……。

 僕が猛の顔を見ると、猛はうなずいた。


「この道は八頭家のうしろをまわって、研究所につながってる」


 ううーん。なんか大変なことのような気もするけど、それが何を意味してるのか、よくわかんない。


 僕がマヌケな顔してたのか、猛が苦笑した。


「ひとつには、ここを通れば村人に見つからずに、研究所と八頭家を行き来できる。八頭家の裏門が、この道の途中に出るようになってる」

「秘密の話でもしてるのかな」

「ああ。してるよ。前に一回、聞いた」

「そういうこと、早めに教えといてほしいんだけど……」


 猛は僕の意見をムシした(どうせね。どうせ)。


「重要なのはな、かーくん。ここの滝の水が、村の用水路に流れてるってことだ。けっこう水量もある。一晩あれば、人間ひとりくらい、かなり遠くまで運んでくれそうだ」


 用水路——それって、つまり……。


「下北さんのこと?」

「そう考えるのが妥当だろ? 下北さんに夜中に散歩するクセがあったんじゃないなら、意味もなく村の中なんか歩いてたわけがない。誰かに会うために、この道を通った。下北さんが殺されたのは、この場所なんだよ」


「でも、下北さんは研究所の人間に消されたんじゃ……」

「そう思うか? 研究所のやつが下北さんを始末するんなら、死体を外になんて出さなけりゃいいんだよ。研究所のなかは治外法権なんだから」


 たしかに、それは僕も変だなって思った。どっかに死体をすてるにしても、真夜中の霊柩車って手があるわけだし。


「じゃあ、下北さんは村の人に……?」

「まあ、まだ自分で足をすべらせたって可能性もないわけじゃないけどな。だけど、溺死が立て続けに二件……つながってるって見るほうが自然じゃないか?」


 なんだか、僕は足元から冷気が這いあがってくるように感じた。

 この平穏な農村で、いったい誰が、なんのために?

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