四章 不連続な殺人 3—2
「香名さんは、今日も仕事?」
「夜祭のしたくがありますからね」
「夜祭って、じっさいには何があるの?」
「巫子になる人が、一人でお社に一晩こもるんです。神様との婚礼です」
「あ、そうなの。巫子って神様のお嫁さんなんだ」
「そういう言い伝えですね」
「でも、水魚さんは男だよね」
香名さんは困ったように笑った。
「そこは儀礼的なものですから」
「ああ……」
それも、そうか。
ほんとに生き神さまなんて、いるわけないんだ。形式だけってことね。
「例年は、すでに巫子になっている人がその役をするんです。けど、今年は八十年に一度の大祭なので」
「すでに巫子っていうと、水魚さん」
「もう一人、茜さんという巫子がいるんですが、水魚さんより以前からの巫子なので、そろそろ、交代のときなんです」
茜さんか。名前だけは聞いたことあるけど、そういえば一度も見てないなあ。
「でも、これまで巫子は、村人から選ぶのがならわしだったんです」
「なんで?」
「それは……大切な巫子ですから。やっぱり、村人のほうが……」
まあ、ふつう、そうだよね。
この村にだけ残る信仰なんだから、村人から選ぶのは当然か。
じゃあ、なんで今年だけ、村人以外から?
僕がこの疑問をぶつけると、香名さんは困惑した。
「さあ、それは、わたしたち村人にはわかりません。そういうことを決めるのは、村のえらい人たちですから」
「それも、そうかあ。それにしても八十年に一度のお祭りか。一生に一度、見れるかどうかだね」
「となりのおばあさんは、若いころ、水魚さんのときの大祭を見たそうですよ」
「えっ? ほんとに?」
うーん。やっぱり、そうなのか?
あの人は、神秘の人なのか?
これまでは、ただのでっちあげだと思ってた。でも、必ずしも、そうとは言いきれないものが、微妙にただよっている。
例の顔のケガとか……まさか、ほんとに二十八に見える百歳なのか……?
僕が一人、ぞおッとしていると、香名さんは子どもに教えさとすような口調で言った。
「……かーくん。この村では不思議なことがあるんです。親のほうが子どもより若く見えたり、百歳や百二十歳の長寿なんてめずらしくないし」
「えっ? 百二十って……そんなの、ギネスに載るよね?」
しかし、香名さんはこのことはスルーした。
「だから、富永さんのことは、わたし、あきらめていたんです。やっぱり、よその人とはうまくいかないんだなって。
アイちゃんが探偵を呼ぶと言ったとき、正直、困ったことをしてくれたなって思いました。この村には、よその人の知りえないことがあるから。でも、来てくれたのが、あなたや猛さんのような人たちで……もうしわけなく思っています。あなたたちが、とても、いい人だったから」
「香名さん?」
「蘭さんのことはあきらめて、帰ってもらえませんか? 昨日の百合花さんの手紙にも、そう書いてあったじゃありませんか」
あっ、と思った。
まさか……まさかと思うけど、あの手紙を猛に渡したのって、香名さんか?
あの手紙を読めば、僕や猛が(とくに猛が)村から出ていくんじゃないかって。
いや、それはない。
あのとき、猛が出てた時間、香名さんは、ずっと僕といっしょにいたし……。
しかし、もしかして、香名さんは知ってるんだろうか。
今、蘭さんが、どこにいるのか。
なんのために、さらわれたのか。
涼音さんや下北さんが、死んだわけも?
香名さんは八頭家の家政婦だから、その関係で何かに気づいたのかも……。
「香名さん。蘭さんの居場所、知ってるの?」
僕がつめよると、香名さんは青くなって首をふった。
「知りません。ほんとに知りません。ただ、そうじゃないかなって、思っただけで」
「そうじゃないかって、何が?」
香名さんは言いよどんだ。
「香名さん。おねがいだから、教えてよ」
香名さんはだいぶ迷っていたが、けっきょく教えてくれた。
「……みこに選ばれたんじゃないかなって」
「巫子? だって、それは……」
「でも、あんなに綺麗な人ですよ? 男の人にも女の人のようにも見えて、あんな人がこの世にいるなんて、信じられない。薫さん。もし、あなたが永遠の命をもっていたら、どう思いますか? あの美しい人に、自分の命をささげたいと思いませんか?」
それは……思うよ。
あの美貌が永遠に——ってなったら、それはもう世界の宝だ。
魅力的で奔放で、何をしても許されるギリシャの神々って、こういうふうだったんだろうなって思う。
悩んでる僕を見て、香名さんは言った。
「そうでしょう? 思いますよね? こんな人が、このさきずっと、わたしたちの神様でいてくれたらって」
やっぱり、蘭さんをさらったのは水魚さんなのか。
水魚さんの言ってた、僕らの大切なものって……。
「でも、蘭さんは、僕らにとっても大切な人だ」
「……わたしは、ただ、そうじゃないかと思っただけです。ほんとにそうとはかぎりません」
いや、きっと、そうだ。
それしかないと思う。
「ねえ、かーくん。今夜、猛さんが帰ってきたら、村から出ていってください。富永さんのことはもういいですから。そのほうが、あなたがたのためなんです」
うーむ。
三回めの『出ていけ』か。
香名さんにまで言われるとは思わなかった。
僕は香名さんが出かけたあと、猛をさがしに外へ出た。
猛は村人と仲よくしろと言ったけど、香名さんに言われたこと、相談しなくちゃ。
とはいえ、村は広い。
あてもなく、さがしまわるのには広い。
昨日の今日で、猛が気になることって言ったら、変死の現場かなぁ。
で、沼地へ行ってみたけど、ハズレ。
池に通じる小道には、警察の立ち入り禁止のテープが張ってあった。
兄の場合、こんなの気にする人じゃないんで、もしかしたら侵入してるかもっ。
と思って、ちょっとだけ、のぞいてみた。けど、猛はいなかった。
そりゃそうか。
そこまでムチャはしないか(というより、別の理由でいなかっただけ。あとでわかった)。
僕が急いで変死現場を離れ、田んぼのあぜ道まで戻ると、池野くんがお父さんと軽トラに荷物をのせていた。
そうか。池の近くだから、池野なんだな。
池野くんは僕をみつけると、少年みたいな顔に人なつこい笑みを見せた。
「あ、かーくん。何しちょうかね。散歩?」
「そんなとこ。猛、見てない?」
「見てないなあ」
「ありがとう。じゃあ、どっか他のとこ、さがしてみる」
しかし、せっせと軽トラの荷台にキャベツのカゴ詰めをのせる親子を見て、僕は思った。
そのキャベツのあつかいは、どう見ても商品だ。
ふもとの町に卸すには、時間的に遅くないか?
「大変だねぇ。今から卸すんだ」
「うん。近くだけんねえ」
近く? あッ、そうだった。
「研究所に行くんだ!」
いいなあ。研究所。怖い。でも、見たい。
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