四章 不連続な殺人 3—1

 3



 昨夜は遅くまで、現場検証やら事情聴取やらが行われたようだ。

 僕らも寝かけてたところを起こされて、いろいろ聞かれた。いちおう第一発見者のグループに入ってたからだが、それは、みんなの言ったことの裏付けていどの意味しかなかった。


 それにしても、この村では近ごろ、変死二件に、失踪一件。

 あまりにも事件がひんぱつするんで、裏があるんじゃないかと警察も考え始めているようだ。刑事さんたちの態度から、そんな印象をうけた。


「そういえばさあ、兄ちゃん。あのこと、警察には言わなくていいのかな」

「あのこと?」

「じつはさ、昼間——っていうか、もう昨日だけど。被害者の涼音さんと、安藤くんが密会してるの、見ちゃったんだけど」


 いちおう僕は、彼女が僕まで誘ってきたことは黙っておいた。

 死者の尊厳ってやつだ。


「それ、いつごろだ?」

「三時ごろかな。半までにはなってない」

「ふうん。あの子、安藤とデキてたのか」

「いやあ、そこまではどうかな、未遂だったかもしれないし」

「どっちみち、それ、殺しの動機にはなるよな。彼女に『しつこく』されて、または『そっけなく』されて、殺したってことも」

「ええ……?」


 あの素朴な安藤くんがねえ……。


「だって、巫子に決まって大喜びしてた女が、村人も近よらないような沼地に散歩に行くか? 誰かに呼びだされたんだよ」

「まあ、それはそうかも」


 たしかに、田舎の景色が大好きってタイプじゃなかったよね(僕は好き)。


「なあ、薫。おまえ、蘭のこと、つれて帰りたいだろ?」

「もちろん」


「じゃあ、今日も村の連中と仲よくして、いろいろ聞いといてくれ」

「いいけど、なんで?」

「おれたちが来てから、急に変死だの誘拐だのあわただしい。今んとこバラバラの事件に見えるけど、何か関係があるのかもしれない。あるとしたら、この村の特異性に起因してるんだ」


「うん。わかった。兄ちゃんはどうするの?」

「おれは、ちょっと気になることがある。そっちをしらべてみる」


 兄ちゃんの気になることって、なんなんだろうなあ。

 いつも、あとになってみると、なるほどなって思うんだけど……。


 今朝になって、朝食の席で猛が言った。


「そう言えば、香名さん(あれっ、昨日まで水田さんだったよね?)。今日のお祭、どうするって?」

「代役をたてて、やるそうです。代役は、倉持あずささんだそうですよ」


 ああ、あのスーパーモデルさんか。

 ふうん。今度も美咲さんじゃないのか。ここの神様と、僕の女の人のシュミはあわないみたいだ。


 そんな話をしたあと、猛は出ていった。


 また僕は家事をして、縁側に布団をほしたりするんだけど……。

 蘭さんの布団は使われないまま。いつになったら帰ってくるのかなあ。蘭さん。


 僕が昼ごはんのしたくを始めようとしていると、庭さきに人の気配が立った。

 香名さんが畑仕事から帰ってきたのか?


「お帰り。香名さん。昼はオムレツ……」


 言いかけた僕のセリフは途中で消える。

 立っていたのは、安藤くんだ。

 ぺこりと頭をさげて、僕を見る顔つきは冴えない。


「昨日のこと、ほんとに誰にも言わんでくれる?」

「え? うん……」


 ごめん。猛にはしゃべっちゃった。


「約束してごしなはい(ください)。もし知られたら、おれが殺したと思われえけん」


 うん。まあ、猛は疑ってた。


「じゃあ、ほんに頼んよ」


 念をおして帰っていったが、なんで今ごろ?


 そのわけは午後になって、わかった。

 お昼ごはんに、猛と香名さんが帰ってきたときだ。


「さっき、おとなりの米田さんに聞いたんですけど、解剖の結果、妊娠二ヶ月だったそうですよ」


 というと、涼音さんか。

 僕はおどろかなかった。

 彼女は、まあ、そんな感じの子。


「安藤くんの子どもかな」

「二ヶ月なら、もっと前の男だろ」


 香名さんは首をかしげた。


「巫子候補の三人は、年末に村に来てから、ずっと外の町には出てませんよ。たまに龍吾さんと遊びに行ったことはありますが、そんなときに男の人と、どうにかできるでしょうか」


 龍吾の目の前で火遊びはムリだろうな。

 となると、やっぱり、安藤くん?


「そういえば安藤くん、さっき、僕に口止めに来たよ。そうか。涼音さんの妊娠の話をきいたからか。じゃあ、身におぼえがあるってことなんだ」


 遊びだと思ってた女に子どもができた。しかも相手は村の権力者の婚約者。

 うーむ。これは強力な動機。


「涼音さんは、ほんとに事故だったのかな」

「溺死の場合は判別しにくいだろうな。うすぐらい夕闇。なれない沼地。自分で足をすべらせたのか、つきおとされたのか。犯行の瞬間を誰かが目撃してたってことでもないかぎり、事故死で終わりだな」


 と言いつつ、兄ちゃんは、その現場を念写しなかった。

 香名さんがいるからかもしれないけど。

 それか、日に三枚しか撮れないんで、温存しときたいのかも。


「でも、つきおとしたって、うまく死んでくれるとはかぎらないよ」

「被害者がカナヅチだって知ってれば?」

「あ、そうか」


 あるていど親しければ、泳げるか泳げないかくらい聞きだせたかも。


「とにかく、薫も香名さんも、安藤と二人きりにはならないほうがいい。用心にさ」

「はあい」


 猛は何をしらべてるか知らないが、昼飯をたいらげると、すぐまた出ていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る