キュルキュル

玖月 凛

ノイズ


 サークルの先輩からアルバムを借りた。

 大学の吉宗先輩は好きなバンドが一緒で、意気投合した俺たちはよくCDを貸し借りしていた。


 曲を聴くのにDLで済ます人も多いけど、やっぱアルバムを通しで聴くと並び順によってアーティストの意図というか、世界観にさらに入り込めたりすると思う。

 先輩と俺はアートワークも含めて楽しみたくて、アルバムをパッケージで購入する派だった。手に入りづらいものは中古で探して、掘り出し物があれば貸し借りして共有するのが恒例になっていた。


 この日もバイトから帰宅後、一通りの用事を済ませてから、いつものようにプレーヤーにアルバムをセットしてイヤホンで曲を聴いていた。

「……ん?」

 途中、音飛びするようなチリッとしたノイズが走る。

 気のせいかと思ったがそのノイズが数度続き、さすがに気のせいじゃないな、盤面の劣化か、と考えていると。きゅるるる、と巻き戻るような音が響いて顔をしかめた。

 数十秒ぶんCDを巻き戻して、もう一度聴きなおす。


 少しするとやはりノイズが鳴りだして俺は再生を止めた。

 仕方ない。途中までしか聴けなかったが、回し続けて不具合を悪化させては持ち主である先輩に悪い。

 そう思ってイヤホンを外そうとした時だった。

 

 きゅるるる、


「……え?」

 再生は止めている。それなのに未だ鳴り続けているCDにどきりとして慌てて耳からイヤホンを引っこ抜いた。

 

 きゅるる、きゅるるるるる。

 

 それでも音は止まない。どういうことだ。盤面だって回っていない、この音は、何だ。

 

 きゅるきゅる、きゅるるるるるる。

 

 徐々にその音は大きくなっていく。

 恐ろしくなって俺はとっさにバッグをつかみ即座に家を飛び出した。


 アパートの階段を駆け下り、大通りへと出てようやく歩調が落ち着いた。

「なんだったんだよ、あれ……」

 まだ耳の中に残響が鳴っている気がしてくらくらした。


 すでに終電も無い深夜なので、とりあえず駅前の漫画喫茶で朝まで時間をつぶすことにした。

 固めの椅子は寝るのに向いているとは言えなかったが、今からあの不可解な音のする部屋に戻る勇気はさすがになかった。



 翌朝、いったん帰宅し中の様子を伺うが、とくに変な音もしないことにほっとする。昨日のは疲れからの幻聴か、機械の不具合だったのかもしれない。

 例のCDをそっと再生機から外し、ケースへ入れて鞄へとしまう。


 大学に着くと、昨夜待ち合わせの連絡を入れておいた人物が指定の場所で待っていた。

 このCDを貸してくれた張本人、吉宗先輩だ。

 突き出すようにそのアルバムを先輩に返す。

「なんなんすか、あのCD」

「え?何がだよ」

「ずーっときゅるきゅるきゅるきゅる、音が鳴って。再生してないのにまだ音が鳴るし……なにか曰くとかあるんじゃないっすか?」

「なんだそれ?いやただのCDじゃん。え、なんかそういう冗談?」

「いやちがくて……とにかく、それお返ししますんで」


 あんなのが毎晩毎晩あってはたまったものではない。

 とにかく返却していつもの安眠を取り戻したい。

「まぁよくわかんねーけど。受け取っとくわ」

「はい、すんません貸してもらったのにいろいろ言って」

「いいっていいって……ま。ありがとな」

 感謝される意味が解らず顔を上げた。

 曖昧に、ともすれば困ったように笑う先輩の顔。

 なんとなくそれ以上追及できずに、俺はそれじゃあと告げて先輩と別れ、校内へ向かう。

「……ありがとな」

 後ろの彼が再度そう呟いたのに気付かずに。





 深夜。寝る前にかけたクーラーのタイマーも切れた蒸し暑い夜。

 寝付いていたはずが、暑さからか意識が浮上した。



 きゅるるる、きゅるるる。


「……え?」

 だんだん耳元に近づいてくる、音。

 ……おかしい。俺はイヤホンもしていない、テレビもスマホもつけていないのに。徐々に耳元に寄って来るこの音は何だ。


きゅるるる、きゅるるるるるるる。きゅるるるるるる。

きゅる、きゅるるるるるるるるるる。


 布団から這い上がるが、恐怖から体がこわばって動かない。

 カチリ、とまるでなにかスイッチを止めたような音が鳴った。俺の耳の真横で。

 心臓が煩く、震えを抑えることができない。夢であってくれ。そう願って目をつむった瞬間。


「 聞 こ え た ? 」


「っ、うわ、うわあああああああああああああああ」

 男とも女ともつかない声に耳元で囁かれ、俺は無我夢中で家から逃げ出した。



 部屋の中にはスマホが置き去られている。

 メッセージ1件。吉宗先輩

「ありがとな――そいつ、引き取ってくれて」

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キュルキュル 玖月 凛 @suzukakeyuri

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