第60話 長い夜の始まり

いよいよ、防衛任務の日がやってきた。





「ほかの学年の生徒たちも、それぞれ別のところを守っているんだよね?」


 ふと疑問になって、久朗くろうに聞いてみた。





「その通り。その上で芙士ふじ警察署は一年が守るということで、手薄だと思わせるのも作戦に入っているらしい」





 模擬戦では二年生に勝ったとはいえ、経験という点では圧倒的に未熟なのは自覚している。


 なのであえて相手の油断を誘うその作戦は、悪くないと感じた。





「では、出発だ!」


 久朗が宣言するが……。





「はい久朗、忘れ物。武器の調整に夢中で、身分証明書を忘れるなんてヒーロー失格だよ」


 それだけ久朗も、緊張しているということなのかもしれないが……いつも通りといわれれば、そんな気もする。





「助かった。それでは本当に出発しよう」





 僕も履きなれたスニーカーに足を通して、芙士警察署に向かうことにした。


 ちなみに送り迎えは、父の広大こうだいがやってくれるということで一安心である。





「防衛任務か……俺も何度かやったことがあるが、あれは結構厄介だからな。頑張れ!」


 広大の激を後にして、僕達は警察に入っていった。





「それでは作戦を開始する」


 永瀬ながせが作戦概要を説明する。





 基本的に僕たちは、「単独で」見回りを行うことになっている。


 相手の油断を誘うために、あえてそうしているのだ。





 そして何か起きた時の合図としては、瞬きを利用することにしている。


 右左右とウインクをすることで、異常事態が発生したことを報告するのだ。


 声を上げる余裕がない可能性もあるため、この方法が採用された。





「警察からは、小早川こばやかわが巡回する。中村なかむらと私はネットの方で待機することにするので、承知しておくように」





 小早川も単独で巡回するようだ。


 そして、近くにあるネットカフェでは何人かのヒーローが待機することになっており、相手の出現とともに駆けつけることになっている。





「あと、相互のフォローのために新島にいじまがサポートに入る。彼女を通じて連携をとってくれ」





 彼女は前線に立つのではなく、後方からバックアップする係である。


 これもまた、重要な任務だ。





「一年生たちはあくまでも、自らの身を守ることに専念してほしい――それでは作戦開始だ!」





 僕は警察の外に出て、思いっきり伸びをする。


 これで少しは、油断しているふりになってくれるといいのだけれども……。





「よっ、お疲れ!」


 小早川が声をかけてきた。





 そのまま雑談を始める。


 どうやらこれも、油断しているというアピールのようであったため、僕はそれに乗ることにした。


 たわいのない話が続く中……ふと視界の端に、黒っぽい移動する影のような物体を発見する。





「いてて、目にゴミが入ったようだ」


 僕はウインクを使って、合図を行う。





 小早川も状況に気づいたようで、表情が変わった。





「どうやら新島の連絡によると、ネットの方では一足先に事態が動いたようだ――後ろは守る。離れるなよ、結城ゆうき!」


 小早川が武器のトンファーを構える。





 茂みの中で、倒れる音がした。


 ひそかにいくつかの草を結んで、足が引っかかるように工夫していたのだ。





「あそこだ!」


 僕たちはそちらに向けて、駆け付ける。


 そこにいたのは――毒々しい紫色に染まった、一体のタクティカルフレームであった。





「それだけではないぞ! スコーピオンタイプのバグも、同時に行動している!」





 そう、バグが3体存在していたのだ。


 そのバグは――明らかに、紫色のタクティカルフレームを守るような動きをしている。





「バグがタクティカルフレームを守っている? そんな話は聞いたことがないぞ!」


 小早川が驚きの声を出す。





 今までのところ、バグが人を襲ったという報告は数多くあるものの、バグが人を守ったという話は聞いたことがない。


 異常事態が発生しているのは、間違いなさそうだ。


 警戒しながら、僕達は相手に対して声をかけた――。

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