第57話 三本の矢

 その日の夕食時に、また緊急バグ警報が発令された。





「最近妙に多いな。しかもまた家の近くだし……呪われてでもいるのか?」


 久朗くろうが思わずといった感じに、ぼやいている。





「全国的にも、発令される回数が増えている傾向にあるようだけれども……特にこの芙士ふじ市は、増加率が高いみたいだね」


 僕はそれに答えた。





「今回もそれほど規模は大きくないようだし、経験を積むという意味ではいいのではないか」


 広大こうだいふみは、今回も見守る形でついていくようである。





 現場に到着すると……そこにいたのは、中型のスコーピオン型のバグが一体だけであった。


 しっぽの部分が変形していて、怪しげな水晶状の物体に変化している。





「スコーピオンタイプは基本的に、毒に注意するんだけれども……それがないだけで、少し気が楽かも」


 少しだけ、安どしてしまった。





「いや、逆に何をやってくるか分からないぞ。警戒を緩めるな!」





 久朗の言葉に、気を引き締める。


 なんだかいつもとは、立場が逆になっているような感じだ。





「私は最近入手した、狙撃用ライフルによる援護攻撃を行う。結城ゆうきは接近戦で牽制してくれ」





 久朗の『レイヴン』から、折り畳み式の狙撃ライフルが展開される。





「分かった。しっぽの毒はなくても、はさみによる攻撃は健在だからね。油断しないようにするよ」





 僕の『オウス』が前に出る。


 早速こちらに向けて、はさみを突き出してくるが……見え見えの攻撃であり、余裕で防御できる。





「こういう時に、『折れない剣』という特殊能力はすごく便利だね」





 はさみなので、当然細い武器であればねじ切られる可能性がある。


 また多少太い武器であっても、変形して使い物にならなくなる恐れがあるのだ。


 しかしこの特殊能力があるので、全くその心配がないというのはありがたい。





「まずは、狙いを定めて……」


 久朗の狙撃が……スコーピオンのかなり後ろに、突き刺さる。





「久朗! ちゃんと狙ってよ!」


 僕は思わず、声を上げてしまった。





「しまった。動かない的への攻撃は何度も練習していたのだが、動く相手は今回が初めてだ」


 こんなところで、久朗のおっちょこちょいが発動するなんて!





 スコーピオンのしっぽが、こちらを向く。


 そこから光が放たれ、僕に襲い掛かってきた。





「このしっぽ、レーザーが放てるみたいだよ! 毒よりはましかもしれないけれど、厄介なことに変わりはないみたい!」





 はさみとしっぽの攻撃をかわしながら、久朗の狙撃を待つ。





「誤差修正……」





 久朗の二発目の攻撃は……僕の『オウス』の脇腹を掠めて、明後日の方向に飛んで行った。





「ねえ久朗、殺したいのは敵なの、それとも僕なの!?」


 このままでは味方に撃ち殺されるという、シャレにならない事態になりかねない。





「調整完了。これでとどめだ!」





 久朗の三発目の攻撃が、スコーピオンの中心部に突き刺さる。


 この攻撃だけ見れば、見事な狙撃といえるのだけれども……。





「ふむ。やはり三本の矢という言葉もあるし、武器の癖をつかむにはこのくらいは必要だな」





 僕は武器を竹刀に変えて、久朗に襲い掛かる。





「今までの戦闘で、一番死を身近に感じたんだからね! 怒りの攻撃、じっくり味わってもらうよ!」





 何発も叩き込むが、ダメージは僅少である。


 だがそれを生かして、叩き込む攻撃の回数を稼ぐことができるのだ。





「結城、さすがにそのあたりにしておけ……久朗には後で、じっくりと俺から説教をしてやる」


 広大が見かねて、僕を止めた。





「戦闘中に、剣を変えることができるようになったのね。そのことについても、あとで教えてちょうだい」


 文はどちらかというと、僕の能力の方に興味を抱いたようだ。





 1ダメージ固定とはいえ、ぼこぼこにされた久朗の頭には、結構多くのたんこぶが見える。


 この竹刀、こうやって使うのにはもってこいのアイテムで……どうやらこれから、愛用する機会が増えそうだ。

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