第42話 運動会の昼食

 ヒーロークラスの模擬戦が終わり、お昼ご飯の時間になった。


 僕たちは校庭から少し離れたところにある、一本の木の下に集まる。


 そこでかなでさん、さきちゃん、めあちゃんと一緒にご飯を食べることになっているのだ。





 僕たちが向かうと、既にビニールシートが敷かれていて、三人とも待っている状態であった。





「模擬戦、見させていただきました……あまりのレベルの高さに、圧倒されました」


 奏さんも、あの戦いを見ていたようだ。





「すごかったの! めあも負けないように、がんばるの!」


 めあちゃんも、興奮を隠せないようだ。





「お兄ちゃんが負けたのは悔しいですが……皆さんすごいです。あの二年生に勝てるのであれば、下手な社会人のヒーローよりも上だと思いますよ」


 咲ちゃんも、絶賛している。





「咲、わりい。負けちまった」





 そこに、みのるがやってきた。


 更に他の二年生たちも、次々とやってくる。





「ねえ、ボクたちも一緒に食事をしていいかな? あの戦いのことも含めて、もっとお話ししたいんだけれども……ダメかな?」





 ミーシャの提案は、僕たちにとってもありがたいものだ。


 全員快諾する。





「こうなると思って、多めにお弁当を作ってきました。皆さんで食べてください」





 咲ちゃんがお弁当……ではなく、重箱を取り出す。


 しかも三段になっている、重厚そうなものだ。





「みかんさんが非常によく食べると聞いていたので、頑張りました」





 これだけのお弁当となると、具材だけでも相当な金額になりそうな気が……。





「安心していいぞ。俺だってそれなりに稼いでいるし、咲は安くて旬の食材を使うプロだからな」


 実が安心させるために、僕達に教えてくれた。





 重箱の中身は……まさに、「行楽弁当」そのものであった。


 しっかり火を通したものが中心で、傷まないように蓋の部分に保冷剤を張り付けるなど、工夫がされている。





「なあ……うちも、おかずを分けてもらってええか?」





 かえでさんが咲ちゃんにお願いする。


 見てみると……楓さんのお弁当は、ご飯と卵が入った油揚げの煮物、そして梅干しだけという質素なものであった。





「みんな、貧乏が悪いんや!」


 楓さんもヒーローなのだから、それなりに稼ぎがあるはずなのだが……何かしらの事情があるのだろうと推測できる。





「もちろんいいですよ。遠慮なく食べてください」


 咲ちゃんが快諾する。





「みゅ……見ているだけなのはもう限界。早く食べさせて」


 みかんが今にもよだれをたらしそうな表情で、重箱の中身をのぞき込んでいた。





「そうですね。それではいただきましょう……みかんはもう少し、我慢を覚えたほうがいいですよ」





 れんが少しみかんをたしなめた後に、全員でいただきますの合図とともに、お弁当に箸を伸ばした。





「この鶏の照り焼き、滅茶苦茶うまいな!」





 あきらが最初に手を伸ばしたのは、鶏の照り焼きだ。


 冷めても美味しく食べられるように、味付けが工夫されているようである。





「このいりどりも、絶品です……後でレシピを教えていただけますか?」





 漣はいりどりが気に入ったようだ。


 咲ちゃんは多くの人に囲まれて、少し緊張していたようであるが……みんないい人ばかりなので、すぐに安心した表情に変わっていく。





「みゃ。どれも美味しくて、たまらないにゃ~!」





 みかんはどれを食べたらいいのか迷ってしまっているようだ。


 迷い箸はマナーが悪いのだが……そうなってしまうくらい、どれも美味しい。





「お兄ちゃんの好物の、唐揚げもあるからたくさん食べて!」





 咲ちゃんの勧めに従って、実が唐揚げに手を伸ばす。


 僕も一つもらって食べたけれども、冷めることを考慮したつくりになっていて、とっても美味しく……冗談抜きでお金を払わないといけないのでは? と思うくらいのレベルであった。





「しっかし、悔しいぜ……まさか俺たちが負けるとは思わなかったからな」


 りょうが卵焼きに手を伸ばしながら、ぽそっと声を出した。





「俺も負けた組だからな。タクティカルフレームがあれば、結果は違っていたのかもしれないが」





 ガインはおにぎりを、二ついっぺんに口の中に頬張る。


 この体格を維持するためには、やはり食事も普通の人間より大量に必要とするようだ。





「私たちの勝利だが……二年生たちも強かったぞ。間違いなく強敵だったといえる。勝負は時の運ともいうし、気にする必要はないぞ」


 久朗が二年生たちに、声をかけた。





 ちなみに久朗も自前のお弁当を持ってきているのだが……ガバオライスを選択していた。


 やっぱり普通とはちょっと違うものが、彼の好みのようである。





「どれもとっても美味しいの! 咲さんは、もしかして料理のプロなの!?」





 めあちゃんも絶賛している。


 実際どのおかずも、下手なお弁当屋のものよりはるかにレベルが高い。





「皆さん、褒めすぎですよ……普通に作っただけですから」





 普通に作って、「これ」なのであれば……本気を出したら一体、どうなってしまうのか。


 興味があるような、少し怖さを感じるような……。





 そういえば、奏さんが先ほどから会話に参加していない。


 ふと見ると、自分のお弁当を食べていることに気が付いた。





「奏さん、咲ちゃんのお弁当を食べないの?」


 僕が尋ねると、少し困ったような表情で答えた。





「家族と自分が一緒になって、作ったお弁当があるので、そちらまでは食べられないのです」


 どうやら奏さんは、少食なようだ。





「そのお弁当、僕にも分けてもらえないかな……そうすれば咲ちゃんのお弁当も、楽しめるでしょ?」


 僕が提案してみる。





「気持ちは嬉しいですが……絶対に咲さんのお弁当の方が美味しいはずです。結城さんに悪いですよ」


 奏さんは断るが……彼女のお弁当も美味しそうなので、興味がある。





「じゃあ、おかずの交換でどうかな? 僕のお弁当の肉団子と、そちらの卵焼きを交換しようと思うんだけれども……ダメかな?」





 もう少しだけ、食い下がってみる。


 ちなみにこの肉団子は、ふみ母さん自らがひき肉から作ったもので、市販のものとはレベルが違う。





「分かりました。では、どうぞ」





 肉団子を奏さんに渡し、代わりに卵焼きをもらう。


 食べてみると……甘い卵焼きで、僕好みの味だ。





「咲さんのものの方が、美味しかったでしょう……?」


 奏さんが自嘲気味に、つぶやくが……。





「僕は奏さんの卵焼きの方が好きだよ。僕の家の卵焼きは甘いものなので、だし風味の咲ちゃんのお弁当の甘くない卵焼きは、少し物足りないと感じていたから」





 僕は正直に答える。


 奏さんの驚いたような表情は、見ものであった。

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