序章

第1話 試験への道中

 ――その時のことは、いまだに一番強い思い出として、頭の中に残っている――





 あの日、絶望的な状況でさした、圧倒的な光。


 黄金色のその光は、あっという間に闇を蹴散らして、僕を助けてくれた。


 その時、強く思った……。





 僕は、『ヒーロー』になりたい。


 そして今度は自分が光となって、多くの人を救いたい。





 そして僕が15歳になり、正規のヒーローになるための試験を受けられるようになった時、運命の歯車は回り始める。





 4月、少し肌寒くも桜が咲き始めた中、歩く二人の男の子。


 片方は真剣そうな表情で、もう一方は少し余裕が見られる。





「いよいよ今日だね」





 僕……御門結城みかどゆうきは、芙士市立芙士高校ふじしりつふじこうこうの、試験会場に向かっていた。


 ここには「ヒーロー」のためのクラスが設けられている。


 学科試験は合格したけれど、実技試験を兼ねた面接があるので、それが今日行われるのだ。





「そうだな」





 一緒に歩いていた、神崎久朗かんざきくろうが応える。


 彼もまた、ヒーローのクラスを希望している。


 僕にとっては「義兄弟」であり、「大切な親友」でもある存在だ。





「……ところで、それって何?」


 久朗の持っているものがどうしても気になったので、聞いてみた。





「これか? ルナスープという飲み物だ」


 ……試験の前なのに、そんな怪しげな飲み物を口にする久朗の気持ちが、理解できない。





「結城は……ずいぶん無難なチョイスだな。面白みがなさすぎる」


 手元のカツサンドと缶コーヒーを見ながら久朗が言うが、僕の方が普通だと思う。





「そのルナスープって、おいしいの?」


「うむ、トマトの風味と、ミントの香り。そしてチーズの味が強烈に混じり合って、とてつもなくまずい!」


「まずいと分かっていながら、なぜそんなものを買うの!?」


「もしかしたら、うまいかもしれないではないか。挑戦する心を忘れてはいけないぞ」





 ……頭が痛くなってきた。


 試験の最中に、気持ち悪くなったりしたらどうするんだろう? 


 まあ久朗の実力ならば、その状態でも十分合格できるのかもしれないけれど。





 ちなみに、僕の両親はすでに亡くなっている。


 そして祖父母も無くなっており、天涯孤独の僕を引き取ったのが「神崎」家だ。


 神崎家の両親もまた「ヒーロー」で、僕の憧れの存在になっている。





 ちなみに余談だけれども、「この」日本では、夫婦別姓や養子が旧姓を名乗ることが認められている。


 御門という名字が家族との唯一のつながりだったので、僕としては正直良かったと思う。





 そして、神崎家の一人息子が、久朗。


 変わったものが大好きで、新商品が出ると迷わず手に取るタイプだ。


 ペ〇シの変り種シリーズがなくなったときに大いに嘆いたと言えば、ある程度人間性が分かると思う。


 ほかにも変わった食べ物や飲み物があったりすると、真っ先に手に取って……新商品とか限定という言葉にこんなに弱い人間は、あまりいないんじゃないかな?





 性格はともかく、顔立ちや頭の良さは正直僕よりも上、だと思う。


 普段からモノトーンの服を愛用しており、わりとセンスがいい。


 今日も黒のジャケットとグレーのスラックスを着用していて、シックな感じに仕上がっている。





 ちなみに僕は白いハーフコートに、黒のスラックス。


 また、試験の際には動きやすい服装に着替えてから臨むので、二人とも着替えの入ったリュックを背負っている。





「ところで話は変わるけれども、僕の髪の毛、はねていないよね……?」





 出かける前にチェックしたのだけれども、ちょっと不安だったので久朗に聞いてみた。





「大丈夫だ。いつも通り、かわいらしく仕上がっているよ」





 ……うう。


 僕は……確かに、女顔だ。


 それこそ「どこからどう見ても、女の子にしか見えない」だの、「男の娘」だのとからかわれることもある。


 ちゃんとメンズファッションをしているにも関わらず、男装した女の子にみられることがしばしばあるようで……前にショッピングモールでナンパされたのは、軽いトラウマになっている。





「しかし結城よ、確実に面接に合格しようというのであれば、なぜ女物を身に着けない! そうすれば、魅力で面接官はいちころなのに!」





 !? 


 いくら久朗でも、言っていいことと悪いことがある!! 





「久朗……言い残すことはあるか?」

 僕は腰に括り付けていた、刀に手をかける。





 ちなみに僕たちは『準ヒーロー』なので、武器の携帯が仮に認められている。


 そして、高校入学と同時に正規の「ヒーロー」として扱われ、銃刀法などの除外対象となる。


 もちろん人を傷つけたら刑法に問われるのだが、『バグ』を相手にするために武器はどうしても必要なので、そういう扱いになっている。

 本当はいけないことなんだけれども……とりあえず今は、久朗を切り捨てたい衝動が抑えきれない。





「ちょっと待て! 確かに地雷を踏んだのはこっちだが、刀まで持ち出すか!?」


「僕が女顔であることを、気にしているのはよくわかっているよね?」





 自分でも少し、虚ろな表情になっている自覚がある。





「いや待て、本気で待て。目がちょっとヤバイ」





 その時、けたたましい警告音が、スマートフォンから流れ出した。





「これは、緊急バグ警報!?」





 その名の通り、バグが発生したときに発せられる警報である。


 バグに対抗するにはヒーローの力が必要であり、一般人は逃げるしかない。


 慌てて、スマートフォンで位置を確認すると……ここのすぐ近くじゃないか!





 更に耳をすませてみると……向こう側からざわめきが聞こえてくる。


 とても、嫌な予感がする。


 もしかしたら、あの時のように……。





「助けに行こう!」


 僕は、とっさに叫んだ。





「おい、試験はどうするんだ?」


 久朗が問い返すが、目を見てはっきりと告げる。





「ここで見捨てるようならば、ヒーローじゃないだろ?」


「確かに、そうだな!」





 久朗も同意する。


 僕たちは、そちらの方に向けて走り出した。

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