【四】

「……これはなんていう汁ですか? 」

「汁ってなによ。タピオカミルクティー」

「この小部屋は、歌うための部屋なのですか? 」

「そうだよ。カラオケっていうの」

「この薄切りの天ぷらは、なんですか」

「ポテチ」

「あの風が出ているのは」

「エアコン」

「なぜあなたの靴は底が分厚いの? 」

「脚が長く見えるから、おしゃれでしょ」

「これからどこに? 」

「次はメインイベント」

「めいんいべんと? 」

「ん~、っていうか、これまでがメインで、これからが締めってかんじかな」

「しめ? 」

 老人の多い場所でした。どんな場所なのかは、聞かずとも察せました。そこは病院でありましょう。

 死神は迷うことなくひとつの病室に辿り着きました。

 五人部屋のそこは、窓が近い寝台以外は、すべて天幕カーテンが締めきられておりました。

 窓の外で、立派な百日紅サルスベリが薄桃色の花を咲かせています。枕を重ねてそれを眺める老婆の寝巻から露出した肌は、白い雪の中に埋もれつつある倒木のようであります。

「ばあちゃん、来たよ」

 死神は、手慣れたようすで椅子を二脚引っ張り出し、すとんと座りました。老女はゆっくりと軋みをあげるように振り向いて、彼女をその目に映して、「あら、死神さん」と、切れ目のような唇と、皺に埋もれた目元で微笑みました。

「ねえ、覚えてる? 」

 老婆の手を手繰って、両手で挟むように握った死神は、その言葉を前置きに、今日私と歩いたことを話し始めました。

「カラオケして、タピオカ飲んだでしょ~」

 指折り数えるようにして言う彼女に、頷きを返す枯れ木のような老女は、いつしか私になっておりました。

「約束したでしょ。あたしの古着あげるって言ってたし、こんどカラオケ行こうって言ってたし、駅前にできたタピオカミルクティー行ってみたいねっていうのも話してたから」

 私には、もう彼女の名前は分かりません。しかしこの子と交わした約束と、彼女が『死神さん』であること。それは夢うつつの日々の中でも、確かなことのように感じておりました。

「あたし、ずっと不思議だったの。呆けたばあちゃんが、どうしてあたしのこと『死神さん』なんて呼ぶのかって。今日、わかったよ」


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