【壱】

 ……はて。

 そこは不思議な心地の昼間でありました。

 私は、少し目を閉じただけのはずでありました。

 塀の向こうに突き出した電柱ですら、見慣れたようでいて、どこかしら違うように思うのです。

 目の前に立つ娘の化粧ですら、私には見慣れぬものでありました。銀粉をまぶしたように、赤く塗られた唇が輝いております。

 立ちつくす私に娘は目が合うや、「ウワァ、起きた」と言いました。

 娘の背は私の背をゆうに超え、あごのあたりに私のつむじがあります。

 見上げた空は、くすんだ水色をしており、おどろくほど空が低く感じました。

 そこは、どこぞのお屋敷の庭とうかがえました。かたわらに立つ小さなお社は、どこか見覚えがございますお顔立ちのお地蔵が、苔むしておりました。

 夜が昼になるのは必然とはいえ、瞬きの間に日が昇るとは突飛なこと。

 そこで、私はぴいんときたのでした。

 ああ、私はついに死んだのか、と。

 彼女は高下駄を思わせる黒い靴を履いておりまして、いくつもレェスのついた毬のように膨らんだスカァトを着ております。

 その奇怪な装いの娘は、私を座敷に上げると、あの世の服へ着替えるようにいいました。

 そうして自分は長い栗色をした髪をすき、熱い鉄棒を使い、じつに見事に自分の髪をくるりと巻いてみせたのでした。

 お聴きくださいませ。

 これは、私が見た死神の国の見聞録にございます。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る