目の前で泣き腫らす女が、急に異生物の様に見てさ。

それまでの愛着が嘘の様に冷めるんだ。

何度も繰り返した別れの感覚。

どれだけ好きだろうと終わりはいつだってそうだった。

燃え上がるみたいに恋をして、そして終わる。

甘い言葉も囁けば 永遠に続けなんて願ったりもする。瞬間だけね。

失恋?俺には分からないんだよ。

失うというよりも消える。

いつまでも、その女の事を想って酒に酔って

ああだこうだ言う友人達が白々しい演技をしてる様にしか見えなかったんだ。

誰にも言えやしなかった心の中の黒い部分。



そんな俺に、まさかあんな事があるなんてね。

他に話せる奴もいないから、聞いてくれよ。

時間は取らないからさ。


あれはそうだな、格好つけて言うと恋が泡みたいに弾けた日とでも言おうか。

無性にむしゃくしゃして コンビニで買ったハイボール片手に当ても無く夜の街を歩いたんだ。

確か23時を回った頃かな?

駅の喫煙所で、首を真下に曲げたまま顔を上げない女が居たんだよ。

項垂れる?いや違う。ただ下を見ているが正しいな。

くたびれたサラリーマンが暗い顔でタバコをふかす中、彼女はしゃがみこんで地面に目を向けている。

なんとも異様な光景だったよ。例えるならそうだな、彼女だけ貼り付けたみたいに浮いていた。

真っ赤なワンピース。

そうだ、黒い服の中に。つまらない冗談を言うとまさに紅一点。

気になっちゃってさ、酔いも合わさって声をかけたんだよ。

「なにしてるの?」ってね

顔を上げた彼女の大きな目から、急に大粒の涙が溢れるんだよね。

「え?どうしたの?え?」

「.....やっと見つけた」

「何か探してたの?コンタクトレンズ..かな?そりゃ下見てなきゃいけないよな」

「違うの...あなたを...」

「ん?え?えっと..ん?どういう事?」

「ずっとあなたを探してたの」

「...な..なるほどね?ああっとえ、酔ってるのかな?君と俺とは、ほら今はじめて...」

突然、彼女立ち上がって突っ込んで来たんだ。避ける暇もなかったよ。

その後どうしたと思う?俺の首根っこに腕を回してキスするんだ。

目を瞑る暇も無い、ロマンチックとは真逆の電撃が身体中を走るようなキス。

ただね、不思議と不快では無かったんだ。

それどころか暖かいようなくすぐったいような気持ちになった。

キスなんて義務感でするスタンプみたいな物だと思ってたから、身体中を駆け巡ったあの感覚が どうやったって消えてくれないんだよ。

恋に落ちるって言葉があるだろ?

まさにそれ、予期せぬ出来事だった 落とし穴に突然落とされたってこんなに驚きはしないね。


まあ、そんなこんなで彼女との衝撃的な出会いの話はここまで。

どうだろう?続きも聞いてくれるかな?

...きみならそう言うと思ったよ。

缶コーヒーでも奢るよ、そこのベンチに腰掛けて最後まで聞いてくれないかな?

話さないとやり切れない気持ちがあるなんて、良い大人になるまで知らなかったんだ。


さあ、そこから全力疾走だったね。

ああ勿論比喩だよ? 彼女って今のご時世に珍しくスマホ持ってなかったんだ。

だから、連れて帰っちゃった。犬猫拾うのとは違うって分かってるよ。彼女が成人していなかったら誘拐だと思う。

でも、そうするしか無かったんだ。今逃したら二度と会えないかもしれない..そうだね怖かったんだよ。

手を掴んで、何も言わずに引っ張ったら また、彼女も何も言わずに僕の後ろを歩くんだ。

夢の中を歩いてたんだろうと思う。でなきゃ説明できない。

ふわふわと、地面から数センチは浮いてるんだよ。どの道順で家に帰ったかなんて覚えていない。

いや、家に入ったかすら覚えていない。

急に我に返った。またいつもの感覚。熱が冷めたんだよ。ああなんでこんな事したんだって言う後悔もあった。

それと同時に沈黙がこんなに息苦しいってことを始めて知ったんだ。

なんとか絞り出して出た声は情けない程、か細くてさ。

「ご、ごめん...ええっと..コーヒーでも飲む?」

「要らない」

それを否定されたらもうどうしようもない。

「連れて来ちゃった俺が言うのもアレだけど、どうしよう?」

「お話がしたいの」

「ああ、それがいいね。何話そう?そうだな、君どこの人?」

「....忘れちゃったの?」

「ん?だから初めましてだよね?もし俺が覚えていなかったのならごめん」

「意地悪な言い方しちゃったね。正確には今のあなたは私の事知らない」

「いま...の?」

「前世って言ったら笑う?」

「笑いはしないけど、なんの話?」

「前世で貴方と私は夫婦だったの」

彼女の顔が大真面目だから、俺、余計に眉をしかめたんだよ。

「なるほど..新手のナンパ?」

「いいえ、事実」

「あ....あ?う、うん。わかった。そう言うことにしよう。うん、ん?まあいいや」

「信じれないわよね」

「あー、悪いけどね」

「もっと信じれない事を言うね、私ねさっき死んだの」

「足があるのはさっき確認したんだ..うん」

とうとう会話ではなくなった。だって本当に分からなかったんだ。何を言ってるのか。

「それで、死ぬ瞬間に最後に貴方に会いたいって願ったらあの場所にいて」

「今の貴方には関係ない事だけどお別れをさせて。0時にはお仕舞いなの、この夢も」

途中から声が震え、今にも泣き出しそうな彼女の言葉を遮れるわけがなかったね。

いいんだ、夢なんだから。

「ああして、屈んで下を向いてたら貴方がまた傘をさしてくれるんじゃないかって待ってたの。そしたら声だけ降ってきて。傘を逆さにして全部受け止めて閉じ込めちゃいたくなった。嬉しかったのよ。

心から愛していたわ。私なんかを拾ってくれてありがとう。何度生まれ変わっても 私は貴方を待ってるわ。だからお願い見つけて、約束よ。」


そこでね、俺 寝ちゃったみたいなんだ。目が覚めたら誰もいなくて、冷たい床にそのまま倒れ込んでた。

多分酔っ払っていたんだと思うんだ。

本当に夢だったのかもしれない。

でもね、彼女の事を思うと胸が苦しくてたまらないんだよ。

休みの日には、街に出てずっと彼女を探していてさ。どこにもいないんだ。見つからないんだよ。

時間が来て、家に帰る前に泣きたくなるくらい胸が苦しい。もう一度会いたくて、最後に零した涙をどうか受け止めてあげたくて。そうなんだ。どうしたい訳じゃない、あの涙が床に落ちたのが許せないんだ。

友達の誰の事も馬鹿にできないよな。酔ってもいないのに一人を想ってああだこうだ言うしかないの。

一番得体の知れない、何者かも分からない そんな女に俺が...おれ...俺さ、あはは。もう二度と恋は出来ない気がするんだ。

唐突にごめん。変な事言うけど、あれが、俺の初恋で最後の恋だった気がしてならない。

ああ、そうか..ああ..うん、ごめん。

話して随分スッキリしたよ。コーヒーじゃ安過ぎたな。

まあ今度埋め合わせるよ。

あとこの事は誰にも言わないで貰えるかな。君にじゃなければ話せなかった話だから。おかしいってちゃんとわかってるから...。

うん、また、今日はありがとう。うん、ああ。大丈夫。

それじゃ、失礼するよ。

どこに行くかって?

彼女をどうしても見つけなきゃいけないんだ。

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