アリウム

「次のお休みはいつなの?会いに来てくれないかしら。久しぶりにあなたの顔が見たいのよ、冥土の土産にね」


ご存知ありません?

便利な世の中になったんです。

1秒も待たずに、写真を貴女のお持ちのその電話に届けることが出来るんです。御所望は笑顔?泣き顔?

なんて皮肉を奥歯で嚙み殺した。

どうやら、電話の主はもうすぐ その命の旅を終えるらしい。

そんな最後の透ける、会いたいを無下に出来るはずもない。狡いな、親切の押し買い。

短く、日にちと時間を 出来る限りの朗らかな声で

伝えた。


そして約束の1時間前の今に至るまで、何度も頭の中でぐるぐると回る疑問。

私に何を求めているのか?

回答が出るはずもない。人の心は人の物。所詮はただの邪推に過ぎない。

答え合わせをするのだ、私の推測が当たっているのか。

知的欲求を満たしに来たのだ、好奇心とも言い換えれる。

誰に言い訳をしてるんだろう。いびつに口角があがった。


花屋に立ち寄る。

形式に従うとしたら何か手土産を持っていくものらしい。

普通はお金を。相場もインターネットで調べればすぐに出てくる。

でも、紙幣を包んでしまったら途端に今日が生々しく汚い物で溢れる気がした。

想いを贈ろう。御伽噺のような綺麗事を。

「金額はお任せします。この花を入れたお見舞い用のアレンジメントを作ってください。お会計はこれで。お釣りはいらないから 代わりに目の前の病院の505号室に届けてください」

歌うように口ずさみ、イヤフォンで耳を塞ぐ。

困り顔の店員が私に話し掛けているが、見えていない事にした。


初夏の瑞々しい香りから、消毒液の鬱蒼とした匂いに変わる。

肌に当たる温度は無機質で呼吸を繰り返す事を諦めた。

息を止める。瞬間の激情。

ああ、全てを壊してしまいたい。

飾らなければ、作らなければ、偽らなければ、立つことすらままならない。

崩れ落ちそうになる。不快。

ふざけるな、何が最後だ。

殴りかかってやろうか、それも面白い。

殺してしまおうか、私のこの手で。

穏やかな終焉なんてぶち壊してしまえ。

この衝動を私は知らない。

行きずりでもいい 誰かの肌に触れたくなる。

強く抱きしめて欲しい。骨が折れたって構わない。強く強く。

官能的な艶美さなんて糞食らえ。

動物のように愛して欲しい。そんな感覚。

怒りとも寂しさとも殺人欲求とも性欲とも違う。

私の中にいる、知らない私と折り合いがつかない。

こんな時ですら、少しの微笑みをたたえ 背筋を伸ばし涼しい顔をしている私が自動ドアにうつる。

熱が冷める。

消え失せた感情達に拍手と賞賛を送ろう、一つの喜劇だ。


足が自然に病室へと向かうのを感じながら 息を整える。

ノック。

「どうぞ、入って」

微かに聞こえる声が耳をくすぐった。

深呼吸して

「ご無沙汰しています、ご体調はいかがです?」

一息で言い切る。

死というものは何と残酷なんだろう。

白く透けるような肌は骨と皮だけになった、自慢だった美しい髪ですら跡形もなくなった。窪んだ目に、うつる私が息を飲む。視界が歪みそうになるのを必死で堪えた。

「あら、そんな顔しないで。中身は変わらないのよ」

愉快そうにケラケラと笑う貴女は、記憶に残るどんな姿より穏やかで。

「失礼しました、思ったよりお元気そうでびっくりしてしまって」

「相変わらずね」

「お互い様でしょう、いつからご入院を?」

「そうね 2ヶ月前。通院のつもりで来たらそのまま帰れなくなってしまったの」

「それは災難でしたね」

「....バチが当たったのよ、あなたに辛く当たった」

「とんでもない、何を言ってるんですか」

「ふふ、ごめんなさいね。でもね私もそうするしかなかったのよ」

「ええ、分かります」

「あーあ胸のつかえが取れたわ。あなたが元気そうで本当に良かった」

「...そんな事のために私を呼んだんですか?」

「そう、いい顔で笑うようになったのね」

「お陰様でね」

「表情も豊かになったのね、怒ったの?」

「呆れたんです」

その後の会話はあまりに、普通で。

仕事の話、最近見た景色の話などを まるで昔からの友人のような口振りで時間の許す限り続けた。

牙を抜かれる、とはこの事だと思う。

恨み続けた、大きな恐怖でしかなかった貴女が私の中から消えた。

コンコン。

ノックの音が響く。

「お届け物です」

忘れかけていた、私からの最後のはずだったプレゼント。

「あら、粋なことをするのね。手ぶらなのかと思ってたわ」

「実は私も、中身を見ていないんです」

「力がないの 開けてくださる?」

「ええ」

甘い切ない香りが空間を漂う。

夢のように美しい、生命力にあふれた素晴らしい花達。

頬が綻ぶ。嘘から出た誠なんて。

「知らない花が混じってるわ、これはなにかしら?」

「さあ?適当に選んだので分からないですね。私も気になるので調べてみて下さいよ」


最後に送る言葉に辿り着いたらいい。

私を支えた唯一の小さな復讐が届いたらいい。

細い指でタブレットを操作する貴女の横顔を眺めながら丸い紫の花を指で撫でた。

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