星屑の詰め合わせ

最中 空

手紙


先程から、書いては消して、消しては捨てて。

手紙という物を書くのは数年ぶり いやもしかしたら自発的には初めての事かも知れない。


あなたに何かを伝えなければと、レターセットを買い求めてから既に雪の時期は終わり 新緑が目に痛いそんな頃が来てしまった。

今だにまだ一行も進まない、一文字だって埋まらない薄い空の色の便箋。

投げ出そうと、視界から追いやり 思い出しては向かう。そんな数ヶ月。

薄まっていく記憶と曖昧に増幅する想いの強さが、自分でも意外な程に留まり続けているのが妙に愉快に思え 不意に机に向かい始めたのが数刻前。


ラブレターと呼ぶには余りに冷たくて、ご機嫌伺いにしてはぞんざいに。

こんな物を送られた、あなたの反応を想像すると自然と頬が緩むのです。

冗談みたいなあの日々への感謝状と言うことにしておこう。

それなら届いたって少なくとも不愉快でないはずだから。


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あれからどれくらいの時間が経ったのか思い出すのが億劫になる程、新鮮で強烈な日々でした。

初めてあなたをあなたとして認識した日の事を、朧げに覚えています。勘違いしないで下さい、ハッキリとではありませんから。

気怠げに、それでいて全てを掻き乱す。

僕の気持ちなんか御構い無しにズケズケと土足で心の中に入ってくる。

そんなあなたに惹かれ、同時に切望と憧れの感情を抱きました。もう少し言えば焦がれるほどの嫉妬だったのかも知れません。

恋なんて生易しいものじゃありませんでした。

在り来たりな言葉を当てはめるのは勿体ない!

分かりにくくしているんですよ。あなたなら分かるでしょう?

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一息、進む時にはこうも簡単に筆が走ることに驚く。


気分を変えたくなり手に当たった適当な服で身体を隠し階段を降りる。

玄関の扉を開け、新鮮な空気を胸に吸い込む。

太陽は既に真上で燦々と僕を焼き付けようと待ち構えていた。

そういえばと思い出すのは空腹感。

そうだ、何か食べよう。

先日食べて美味しかったサンドイッチにしようか、いやラーメンも捨てがたい。


あなたならこんな時どうするだろう、きっと二択なんて思いもせずに 食べたい方へ、走るみたいな速さで向かうんだろうな。

その強引さに何度救われたことか。

猿真似でもいい、今日はあなたに成り代わってみよう。


まずあなたなら間違いなくサンドイッチを選ぶだろう。

せっかちだから、片手で食べれるという一点のみでサンドイッチを選ぶはずだ。

駅を目指す。

ふわりと鼻に当たる、焼きたてのパンの香りに誘われるようにたどり着いたパン屋でタマゴサンドとカフェオレをトレーに乗せる。


「いらっしゃいませ、店内でお召し上がりですか?」

「いえ、持ち帰りで」

「かしこまりました、587円でございます」

「これでおね....」

1000円と7円を出しかけて 小銭入れから手を離す。あなたならきっと無造作に1000円札だけをトレーに乗せるはずだ。

「1000円でよろしいでしょうか?」

「はい、お願いします。」


丁寧な動作で袋に包み、僕に手渡してくれた店員のまたお越しくださいませを 背中で聞きながら

近所の公園へ。

昼下がり、木陰のベンチが運良く空いていた事に少しの幸福感。

必ず、いただきますと何かの儀式みたいに神妙な顔で手を合わすあなたの癖がいつしか僕にも移っていた事に気付かないフリをして サンドイッチにかぶり付く。

口の中に広がる胡椒の効いたたまごサラダがやけに美味く感じてペロリと完食、ご馳走様でした。

二度目の儀式を終え あの時気づけなかった感情がまた一つ新鮮な色で形になる。

あなたの大雑把でいて、繊細なところが僕はたまらなく好ましかったんだ。

瞬間、家に帰りペンを手に取りたい衝動にかられる。


走る、風で肌に張り付くシャツですら煩わしく思える。

今書かなければ消えてしまう気がしたから。


玄関の扉を乱暴に引っ張り、階段を駆け上がる。

切れた息で、震える手で続ける。


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あなたは狡い人だ。

なぜ、勝手に僕の前から姿を消したんです?

なぜ一言も言わなかった。

俺に一言言ってくれたら絶対に行かせはしなかったのに。狡いですよ、本当に。

自分勝手も大概にしてください!

今どこにいるんですか?いつもみたいにゲラゲラ笑ってるんですか?

そうだと良いと思う反面、それが死ぬほど憎たらしい。

とにかく、電話の一本でもしなさいよ。

それが出来ないならせめて空のメールでもいい、送ってきなさいよ。

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目から涙が溢れていた事に気づくのは、いつまでたってもあがった息が治らなかったからだった。

しゃくり上げて泣いて、そして深呼吸。

僕はどうしてしまったのだろう。

酷く感情的な動物に成り下がった感覚。

こんな僕ですら君は笑いながら受け入れてくれるのだろう。


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.....取り乱してしまった事は謝ります。

ただ、僕は怒っています。

あなたは写真が嫌いでしたね。だったの一枚だって撮らせてくれなかった。

そのせいで僕が持っている唯一のあなたの写真は、僕の知らない笑顔で笑うあなただけだ。

それがどんなに寂しい事か、あなたには想像もつかないでしょう?

最後に映った写真が、大学の卒業アルバムってそんな笑えないジョークですよ。

遺影でイエイなんて、あなたの声が聞こえて来る気がします。阿呆らしい。

笑えませんからね、本気で。


あなたは中途半端に善人だったから天国なり地獄なりで、それでも楽しく暮らしている事でしょう。

僕の事なんか忘れてしまった?

それでいいんです、そんなもんです。


でも、もし頭の片隅の木箱に大切にしまっていてくれるとしたら どうかもう一度だけでいい 僕の名前を呼んでくださいよ。

あなたの声を聞かせてくださいよ。

そろそろ忘れてしまいそうなんです。

あなたの香りも、声も笑顔も全てを。

寂しいななんて困ったみたいに笑います?バカでしょ。

あなたのせいです、自覚してください。


この手紙をどこに送れば良いかですら今の僕にはよく分からないんです。


最後に言うべき言葉を、言えない僕を許してください。


追伸 そちらのタバコはいい味ですか?

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書き終えた後の脱力感と疲労感は、情事の後よりも鋭く 座っている事ですら面倒で仕方ない。

開けっ放しの窓の外から、一瞬 あなたの声が聞こえた気がした。

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