新月の魔法
「今夜、星を見に行こう」
そう言って君を誘った日のことだった。
朝、教室で挨拶をしたときに誘って、今はもう放課後。
話しかけるタイミングが見つからない。
部活もやっていない。特に接点のない君と仲良くなりたくて誘ったけれど、それ以降話しかけることも出来なくて、結局僕はヘタレなんだと落ち込んだ。
下校時間が過ぎて、教室には僕一人しか残っていない。
このまま残っていても仕方ないかと思って、僕も帰り支度を始めた。
下駄箱に、君がいた。
「遅い。星、見に行くんでしょ」
下駄箱にもたれかかって、僕を待っていた君。
その姿に嬉しくなった。
「星は夜しか見えないから、遅くないよ」
そう言うと君は笑ってくれた。
もうすぐ夏休みが始まるから。その前に君との思い出が欲しかった。
夏休みに僕は遠くへ引っ越してしまうから。そのことを言い出せずに、君と一緒に帰った。
「今日は星が見えると良いな」
君が呟いた。
「見えなかった時があるの?」
そう聞くと、君は寂しそうに頷いた。
君の寂しそうな顔を見たくなくて、空を見上げた。
今日は晴れている。天気予報も晴れだと言っていた。
「今日は晴れているから、ちゃんと見えるよ」
慰めるつもりで言った言葉に、君はまた、泣きそうな顔をしたんだ。
星空観測のスポットに到着した。
まだ、黄昏時で暗くなるまでには時間があったから、君と会話をして星空を待つことにした。
「前に星空を見に来たことがあるんだ」
君が言った。
ここは地元でも有名な星空観察の場所だから、きっと来たことはあるだろうと思っていた。
「その時は、星が見えなかった」
曇り空の日だったのか、月が明るかったのか。星がうまく見えない原因はいくつかある。
「今日は新月の晴れた日だから、きっと綺麗な星空が見えるはずだよ」
僕が言うと、君はまた寂しそうに笑ったんだ。なんでそんな顔をするのか聞きたいのに、僕にそんな勇気は無かった。
「ねぇ、新月の魔法って知ってる?」
日も暮れてきたころに君が問いかけてきた。
空には一番星が輝き始めている。
「新月の日に、紙に願い事を書くと叶うっておまじない」
僕が答えるよりも先に、君が話を続けた。
「黄昏時は黄泉へと繋がり、新月は願いを叶える」
ずっと空を眺めていた君が、初めて僕の方を見た。
「願い事、叶ったよ」
君が僕を指差して笑った。
「新月にお願いしたんだ。大事な友達に謝りたいって。そして、もう一度会いたいって」
何を言っているのか、わからなかった。
けれど、とても大事なことな気がして、黙って聞いていた。
「去年、ここで待ち合わせた時、急に雨が降り始めた」
僕の知らない思い出話。
「外に出ることも出来なくて、星空を一緒に見ようって約束は果たせなかった」
誰と約束をしていたのだろうか。
「友達は待っていてくれていた。そして、土砂崩れに巻き込まれて帰らぬ人になった」
知らない話なのに、僕はそのことを知っていた。
「君と、もう一度会いたかった。だから新月にお願いをしたんだ。君に会って謝りたいって」
ようやく思い出した。
僕は、既に死んでいるんだ。今ここにいるのは、君と星空を見られなかった僕の未練。
「ごめん、約束守れなくて」
君がそう言って泣くから、僕もつられて泣いてしまった。
「ありがとう。約束を守ってくれて」
ようやく出てきた言葉に、君はやっと笑った。
「お別れかな」
君が聞く。
「お別れだよ」
僕が言う。
そして、最後に伝えたい言葉。
「ありがとう。ずっと、好きだった。幸せになってね」
僕のせいで、前に進めなかった君の背中を押したくてそう言ったら、君は笑って頷いた。
……これでもう、大丈夫だね。
最期の言葉は君に聞こえたかな。
聞こえたらいいな。
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