第9話 証拠物件
おかしいと思ったのだ。
取調室で書き取りテストなんてヘンだと思ったのだ。
「永遠」だの「久遠」だの「離脱」だの「二毛作」だの「年鑑」だの「お題」だの。
理由はすぐにわかった。
「これに見覚えは?」
男が突きつけてきた10cm角ほどのメモ用紙はビニール袋のようなものに入っていた。ビニール袋に入っているのは、証拠物件に指紋がつかないよう管理するためだろう。メモ用紙には「永久脱毛」と書いてあった。永遠の永に、久遠の久に……。たったいまおれが書いたのと同じ筆跡だった。これかよ。これだったのかよ。男は語気を強めた。
「あなたが書いた物ですね」
「知りませんよ」
おれは文字通り口笛を吹いた。うそぶく、というやつだ。でも内心驚いていた。あれはかなり前に書いた物だ。自分でもすっかり忘れていた。でも確かに「永久脱毛」は大事なプロセスの一つだった。だってあいつら毛むくじゃらだったんだもん。
「ではこれは」
次のメモには「年がら年中やり放題」と書いてあった。おれは思わずぷっと吹き出したが、それが自分の書いた物とは認めなかった。そして笑いながら言ってやった。
「なんです、こりゃあ。品がないなあ」
男はおれをじろりとにらむともう一枚の紙を取り出した。
「じゃあ聞きますが、これは?」
そのメモ用紙には「女だらけ/男だらけ」とあった。言うまでもなかろうが、おれの筆跡だ。
「あー」おれは天井を見上げてちょっと考えて、観念した。「まいりました。あたしがやりました」
「何なんだこれは!」男は右側の腕で机をバンと叩いた。ほとんど激昂していた。「書くにこと欠いて『女だらけ/男だらけ』って!」
「別にそんなに意味はない」
「その通りになってしまっているじゃないか。惑星中女だらけ、男だらけだ。無責任にもほどがある!」
「んー。まあ、まあね。でもさ」
「でもさじゃない! 見ろ!」
男は左側の腕でおれの頭をぐいとつかむと窓の外に目を向けさせた。
そこには漆黒の宇宙を背景にぽっかり浮かぶ水の惑星の姿が見える。こんなところから見たって人間なんて見えっこないのに。
「あんたにそっくりなのがうじゃうじゃと70億近くいる」
「うふふーん。書いた通りでしょ?」
「書いた通りでしょ、じゃない!」男は三本の腕を全部使っておれの顔を窓にぐいぐい押し付けた。「勝手な種をでっちあげた上に、何の計画もなしに野放図に増やしやがって。なんだあれは。人類ってのは! あいつらのせいでせっかくの珍しい惑星の自然観察に向いた生態系が台無しじゃないか」
「いやさ、あいつらもほら、自然の一部なんだから」
「バカを言うな」男は窓におれの顔をガンガン打ち付けながら吠えた。「あんないびつなミュータント、この宇宙にはお前しかいなかったことくらいわかってるんだろうが」
「やめてくれよ」わたしは懇願した。「おれ、この星じゃ仮にも神様なんだぜ。乱暴にするなよ。顔をぶつけるなって。女優よ、顔はやめてってば!」
「ふざけるな! おい。しょっぴけ」男は周りのうねうねぐねぐねしたやつらに命じた。「生態系不法介入罪で逮捕する」
あっという間におれはそいつらのうねうねぐねぐねした触手にからめとられた。
「やめろ。バカ、おい、おれがこの星からいなくなったら後はどうなる」
「どうもならんさ。少しはマシになるだろう」
「どうなっても知らんぞ!」部屋から運び出されながらおれは怒鳴った。「あいつら放っとくと、まるで歯止めきかないんだから!」
「駆除だな」
これが20XX年に始まった、人類史に残る宇宙戦争の幕開けだなんて、口が裂けてもあいつらには教えられないよなあ。
(「女だらけ/男だらけ」ordered by たいとう-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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