第25話 思い出のメロディは遠く
シャルロッテの部屋を出て、ジェンと別れた後。光人は軽くシャワーを浴びて備え付けの柔らかい服に着替えた。部屋の明かりを消してベッドにうつぶせに寝そべり、毛布をかぶる。スマートフォンを枕の上に置いてテトラを呼ぶと、スマートフォンのディスプレイは明るく輝いた。
「お呼びですか、光人。」
「うん。まだ寝付けそうにないから、話そうと思って。テトラは眠い?」
「いいえ。この姿の私に睡眠は必要ありません。どんなお話をしますか。」
「そうだなぁ、あ、そうだ。聞きたいことがあったんだ。テトラは、ここの……図書館のこと、今どれくらい知ってるの?」
「情報の総量が判別できないため、明確な割合は提示できません。」
「そっか、うーん。じゃあ、何を知ってる?」
「ディークス私立図書館の、組織の目的、各書庫の書庫長の名前と顔、アクターとキャストについて、キャストのスキルと呪いについて。いくつかの任務事例について。以上のことはある程度記憶しています。」
「すごい、俺よりもういろいろ知ってるかもしれないね。」
テトラは今となっては数少ないアプリアイコンの上で一拍静止した。そしてすぐにせわしなく隙間を泳ぐ。光人には、彼女のそういった行動が何を意味しているのか分からない。ただ、彼女は光人が画面に指を置くとその指の周りをくるくると泳いだ。それがなんだかかわいらしくて、今はそれで十分だった。
「ワタシは、主人公に助言する者でした。」
「そういえばそう言ってたね。」
「このままいろいろな情報を記憶していけば、あなたの役に立てるでしょうか。」
「テトラは誰かの役に立ちたいの?」
「はい。願わくばワタシを見つけ、名前をつけたアナタの役に立ちたいのです。ご迷惑でしょうか。」
くるくると回るのをやめて、テトラは光人の指先に寄り添っている。
「迷惑じゃないよ。助かる。人の名前とか書庫とか、場所も覚えるの大変だから……。実はスキルとか、そういうのもよく分かってないし。テトラがいつも一緒にいてくれて、教えてくれるなら安心できると思う。」
「そうですか。それでは、マップや名簿もサジェに取り込ませてもらえるか尋ねます。」
「ありがと、テトラ。俺もがんばるね。」
「そろそろお休みになりますか?」
「うん。そろそろ寝る。……なんか、テトラにそうやって聞かれるとゲームのセーブ画面みたい。」
「本来のワタシの役目を考えれば、似たようなものかもしれません。明日はジェンの訪問で起床しますか?」
「もしジェンが来ても起きなかったらアラームとか鳴らしてくれる?」
「はい。アラームの機能を学習しておきます。おやすみなさい、光人。良い夢を。」
「おやすみ、また明日。」
テトラの声と共にスマートフォンの画面は暗くなる。それを枕の横へと移動して、光人は仰向けになるように寝がえりを打った。音は無く、静まりかえった暗い部屋。まぶたを閉じてお気に入りの曲を思い出してみる。意味もよく分からないまま聞いていたジャズのメロディだけが脳内を巡っていく。それを何度も繰り返す内に――彼は眠りへと落ちていくのであった。
――光人が、寝入った頃。ジェンもまた、光人の部屋の隣にある彼の自室で入眠の支度をしていた。そんな彼の部屋を訪ねる者が、一人。ノックの音に気づいて、ジェンはすぐにドアを開いた。
「よう、お疲れ。」
「すまない、寝るところだったか。」
そこにいたのは、濃紺の髪の少年――ルートヴィヒであった。部屋に入るように促すも、彼は首を横に振って、俯き気味に呟くように話す。その声を一言たりとも聞き逃さぬようにジェンは耳を傾けた。
「気にすんな。で、どうした?」
「今日の任務でも、ジェンの物語を食ったタイムイーターは見つけられなかった。」
「そっか……。毎度悪いな、面倒事頼んじまって。」
「……面倒事じゃない。大切なことだ。」
「……そうだな。ありがとよ。仕事自体は終わったのか?」
「ああ、終わった。特別難易度の高いものではなかったからな。明日は今のところ特に何も仕事は入っていないが、何か手伝うことはあるか?」
「お、それなら丁度いい。明日、光人の剣の師匠探してやろうと思ってるんだけどよ、お前とりあえず稽古つけてやってみてくれよ。」
ルートヴィヒの顔に、珍しく表情が表れた。眉間にシワが寄っている。しかしそれが、嫌悪でも拒否でもないことをジェンは既によく知っていた。
「大丈夫だって。光人は別にお前のこと嫌ってねぇよ。多少怖がってるかもしれねぇけど。」
「……また力加減できずに凍らせてしまうかもしれない。」
「エフェクトは使わないで、軽く、な?」
「……。やってみるが、無理だと思ったらすぐにやめる。」
「おう。そしたら他の人探すことにする。決まりな!」
にっと笑うジェンにルートヴィヒ今度、眉尻を下げた。そんなルートヴィヒの肩を軽く勇気づけるように叩いてやると、彼はまたいつもの冷静な表情を取り戻す。
「トレーニングルームにいればいいのか?」
「おう、飯終わったらな。俺は書庫長に光人の師匠探しのこと話したり、いろいろしてから飯食ったりするから少し遅れるけど、先行っててくれ。」
「わかった。……おやすみ。」
「おう。おやすみ。」
ルートヴィヒは昼間と変わらず明るい廊下を歩いていく。司書としての立場がある彼の部屋はジェンよりもシャルロッテや迅雷の方が近い。猫背気味の背中が遠ざかるのを見送って、ジェンは再び部屋に戻る。
「……必ず、戻るからな。」
独り呟くジェンの指は、机の引き出しの中に収まった緑色のレザーの首輪を優しく撫でるのであった。
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