第23話 いざ歓迎会へ
「ごめん、爆睡してた……。」
かすれた声でそう言うと、ミシュリーは慌てて――しかしこちらを気遣うように笑った。
「こ、こっちこそごめんね!起こしちゃったかな……?」
「ううん。いいんだ。起こしてくれて助かったよ。」
「そう……?あの、光人君、顔色悪いよ……?大丈夫?汗もかいてるみたいだし……。」
「え……?」
「真っ青だぞ。」
ジェンは厳しい顔で言う。もしかしたら、心配してくれているのかもしれない。
「あー……ごめん、ちょっと夢見が悪くてさ。大丈夫、大丈夫。ていうか、もう夜?」
「おう。シャルロッテさんに呼んで来いって言われて来たんだけどよ。やっぱ別の日にしてもらうか?」
「いや、大丈夫。あ、でも、待って。先にテトラを迎えに行かないと。」
「テトラ?」
「うん。四番書庫に迎えに行かないと。夜に迎えに行くって行ったんだ。」
四番書庫と聞いて、ミシュリーが反応する。
「そういうことなら、行こっか。ジェン君、シャルロッテさんに伝えてもらえる?」
「……おう。」
「ごめん、ジェン。」
「別にいい。ほら、早く行ってこい。」
ジェンは背中越しに手を振ってシャルロッテの部屋の方へと歩いていく。ミシュリーに促されるまま逆方向へと向かう。
「無理してない?」
「うん。大丈夫。心配掛けてごめん。」
「いいのいいの。私たちはほら、それが仕事でもあるし。」
「そっか。」
「うん。」
言葉が切れる。光人は、口の中が乾いていた。まだ、頭が少しふらついている。
「ところで、行こうとは言ったものの……四番書庫のどこに迎えに行くの?」
「あっ……えぇっと。セラさん?っていう人に連れてってもらったんだけど。あ、受付でテトラを迎えに来たって言えって確か言われた。」
「副書庫長に?あ、なんか準備してたのテトラちゃんのためだったのかな……。わかった。受付で聞いてみようね。」
ミシュリーのおかげで迷うこともなく四番書庫にたどり着き、やはり病院や薬局を模していると思われる受付に立つ女性に声を掛ける。
「お疲れ様。テトラさんがどこにいるか分かる?」
「一番の特殊検査室にいますよ。司書がお忙しければ私がご案内しますが、どうします?」
「ううん、大丈夫。ありがとう。」
こっちだよ、と促すミシュリーに続く。廊下はやはりどこの書庫も似たようなもので、見分けがつかない。
「ミシュリーは人の顔と名前とか、場所とか覚えるの得意?」
「顔と名前はわりとすぐに覚えるよ。でも……えへへ、場所を覚えるのは苦手。ここに来た頃はよく迷子になったよ。光人君はどうなの?」
「どっちもそこまで苦手じゃないと思ってたんだけど、ここに来たら自信なくなった。」
「似たような場所ばっかりだしね……。あ、ここだよ。特殊検査室一番。」
ノックをすると、静かな声が返事をした。テトラだ。
「迎えに来たよ。テトラ。」
「光人。と、そちらはミシュリー・カリーヌ、でしたか。」
「あれ?起きてるときに会ったのは初めてだと思うけど……。」
「スキルの影響で意識はデータとして肉体を離れていました。その間にあなたの姿を発見。名前をセラに聞きました。」
「へぇ……なんだかすごいスキルだね。えっと、じゃあ一緒に歓迎会行こうね!立てる?」
ベッドに腰掛けるテトラにミシュリーが手を差し出す。しかしテトラは小さく首を傾げた。
「歓迎会?」
「え?そのためにお迎えに来たんじゃないの?」
ミシュリーが光人を振り返る。
「ごめん、寝起きで全然言葉が足りてなかった。今、テトラがスキルで精神が肉体を離れるって行ってたでしょ?意識をこっちのこの……端末に移せるんだ。その方が楽らしいから、夜は移してあげようと思って迎えにきたんだよ。」
「そうなんだ?へぇ……。」
光人がポケットから取り出したスマートフォンをミシュリーが不思議そうに眺める。テトラは腕を伸ばしてコードをたぐり寄せると、光人にそれを差し出した。
「どうぞ。お願いします。」
「ありがとう。じゃあ、つなぐね?」
「はい。」
テトラは自身の腕に、光人に渡したものと同じ機械につながっているパッド付きコードを装着する。そのままベッドに横になり、目を閉じた。それを確認して、光人もすぐにスマートフォンにコードをつなぐ。光人の手元をミシュリーがのぞき込む。その間に、テトラは機械とコードを伝って自分の意識を移動させていく。すると、一瞬のノイズの後にスマートフォンの液晶に魚が表示された。
「あ、できたみたい。ほらミシュリー。」
「このお魚さんがテトラちゃんなの?」
「うん。話しもできるよ。」
「すごい!テトラちゃん聞こえる?」
「はい、ミシュリー。聞こえています。」
「すごい!」
両手を胸の前で合わせて目を輝かせるミシュリー。出会った時は頼れる人のイメージだった彼女が、こうしてツインテールを跳ねさせながら喜ぶ姿はどことなく幼くて微笑ましい。実はこっちの方が本当の姿なのかもしれない、と光人は自然と口元をほころばせていた。
そんな光人に気づいたのか、テトラは一旦泳ぐのをやめて光人に問う。
「光人、なにかいいことがありましたか?」
「え?」
「あなたから笑顔を探知しました。」
「……うん、自分でもよく分からないけど、テトラとミシュリーが仲良さそうなのはなんか嬉しいよ。いいことだね。」
「そうですか。」
「そうだよ!仲良くしてね、テトラちゃん。」
「はい。よろしくお願いします、ミシュリー。」
テトラはまた器用にスマートフォンの液晶を泳ぐ。アイコンを片付けてしまった画面が殺風景だが、テトラがいれば気にならない。
「じゃあ改めて、行こっか。これからね、弐番書庫で光人君の歓迎会するんだって。」
「ワタシはまだ所属する書庫が決まっていませんが、参加してよろしいのでしょうか。」
「いいと思うよ?テトラちゃんの所属が決まったらそのときも歓迎会したいけど、時間取れるといいなぁ。」
そのままテトラを連れて光人とミシュリーは歓迎会会場――もといシャルロッテの部屋へと急ぐ。
「そういえば書庫長、シャルロッテさんに他の書庫の職員を巻き込むなって言ってた気がするけど、いいの?」
「いいの。私は明日お休みの予定だし、ジェン君に聞いて私から一緒に参加したいって言ったんだから。」
「そうなの?なんか、ありがと。」
「いえいえ。光人君を歓迎したい気持ちは本当だし――そもそも好きなの、小さいパーティみたいな催し物。」
ミシュリーはにっこりと笑ってみせた。
●
一方ジェンはというと。
「おっそーい!あの子たちどっかでイチャついてるんじゃないのぉ?」
「それは無いと思いますけど……。」
「ほんとにぃぃぃ?わかんないじゃない?どっかでちゅっちゅしてんのよぉ、きっとー!」
「ないですって。副書庫長既に飲み過ぎですよ。」
「うっさいわねぇ。あーやだやだ、ジェンまでいつの間にか大人みたいなこと言うようになっちゃってぇ。あんたも飲みなさいよぉ。」
「オレ酒はダメだっていつも言ってるじゃないっすか。」
「アタシの酒が飲めねぇってのかぁ。」
「あんたの酒じゃなくても飲めないっすよ。」
シャルロッテの絡み酒をかわしつつ、マグカップに入ったホットミルクをちまちまと飲んでいる。用意されている軽食はほとんど手をつけてはおらず、程なくして聞こえたノックに縋るようにドアへと駆け寄った。
「おまたせ。」
「おっせーよ。」
「ごめんね。あっ、シャルロッテさん!もうそんなに飲んで!」
「頼むミシュリー、あの人相変わらずああなんだよ……。」
「もー、『シャルロッテさんがお酒を飲む会』じゃなくて光人君の歓迎会なんですよー?」
「いーじゃないの。お祝い事にはやっぱ酒よ、酒!」
きゃらきゃらと笑うシャルロッテの隣にミシュリーがついたのを見るとジェンはあからさまに安心した様子で息を吐いた。
「ミシュリーに声かけといて正解だった……。」
「介抱要員?」
「半分な。お前の歓迎会なら参加するだろうし、副書庫長もいるって言えばこうなることを承知で来てくれるだろうと思ってた。」
「いい子だよね、ミシュリー。」
「ああ。本当に……。」
たびたびこういうことに巻き込まれているのだろうと嫌でも察してしまうような遠い目をしたジェンに、思わず光人は苦笑した。もしかして自分も今後同じように巻き込まれていくのだろうか。
「お前、酒は?」
「未成年だし、やめとく。」
「ミセイネン?」
「うーん……国の決まりでまだお酒を飲んじゃいけない年齢なんだよ。」
「……別の物語まで来てもその決まりを守るのか?」
「もしかしたらその必要は無いのかもしれないけど、守らないのもなんか嫌だからね。」
「まぁ、そんなもんかもな。」
じゃあこのへん飲んどけ、と立ったままの光人に渡されたのはグラスに注がれたオレンジジュースだった。次いで、ジェンがマグカップを差し出す。
「?」
「乾杯だ。改めて、これからよろしくな。」
「こちらこそ。」
軽くグラスとマグカップのフチを合わせる。不格好な乾杯は本当にささやかな歓迎会であることを象徴するようで、光人とジェンはどちらともなく笑い声をこぼした。
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