第28話 爪の先、爪のあいだ、そして爪と肉のあいだ

 白石糺は山中の部屋の中に山のように積み上げられたジャズのCDをながめつつ、茫然として言った。


「俺の骨がいい……? そんなこと、はじめて言われたよ」


 そうかと言って、山中は白石の身体の向きを斜めにした。そして写真を撮り始める。


「あんたがモデルをするようになってから、俺のSNSは一段と評判がいいぜ」

「俺はしろうとだよ。そんなのがモデルで良いのかね」

「そのしろうとっぽいところが良いんだ。見ている奴らは、これなら自分でも着こなせると思うからな。それで店に買いにくる」

「そんなもんかね」

「大事なのは、客が店に来ることだ。おれは、いったん店に来た客を手ぶらで返すことはしねえよ」

「たいした自信だな」

「自信じゃねえ、実績だ」


 白石の足元にしゃがみこみ、デジカメを構えた山中はにやりとした。


「おれはな、店に客が一歩入った瞬間にそいつが何を買いたいと思っているのか、それが本当に似合うのかどうかが分かるんだ。だから失敗がない。

 客は満足して帰っていくし、俺も売り上げができる。ウィンウィンの関係ってやつだな」

「ウデか」

「才能だよ。天から授かったギフトってやつだ。ちなみに、俺と同じようなギフトを持っている奴を一人だけ知っている」

「誰だ?」


 白石が山中にとらされたポーズのまま、目だけ動かして尋ねた。


「岡本だよ」


 カシャッと、山中が写真を撮る。角度や向きを変えて数枚の写真を撮った。それから綿密にデジカメのデータをチェックして、うなずく。


「よし、今日はこれでいい。自分で着替えられるか」

「デニムは脱がしてくれよ。また転びたくない」

「そりゃそうだ」


 山中は笑って、すばやく白石の足元にしゃがみこんだ。190センチ以上ある巨体が、軽々と動いていく。

 山中は手ぎわよく白石の足からブーツを脱がし、デニムのパンツに手をかけて、ゆっくりと引き下ろす。片足ずつパンツを抜いてから、山中の動きがとまった。


「なんだ、撮り直しか?」


 白石が足元を見おろした時、山中が少しだけ、白石の右足を持ち上げた。


「転ぶなよ」


 そう言うと、山中は、そっと白石の右足の親指に口づけた。


 山中の舌が、ゆっくりと白石の足の親指を舐めまわす。

 爪の先、爪のあいだ、そして爪と肉のあいだ。

 丹念に、味わうように動く山中の舌が、白石の中から無限とも思える欲情を引き出した。


 白石の肌が、欲情の気配で濡れていく。

 身体に、熱が這いあがっていくのが分かる。足の指先から送り込まれた劣情が、神経を走りのぼって白石の腰骨に当たる。


 ひくん、と白石の腰が震えた。

 骨と、筋肉と神経細胞が一気にめざめて、熱を持つ。

 跳ね上がりそうになる自分の身体を白石は抑え込んだ。しかし、もれだす吐息までは止められない。


「……ふっ」


 ついに肩先にまで昇ってきた震えを、白石は吐息ひとつでおさめようとする。

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