第26話 蛇の道は蛇、ゲイの道はゲイ
白石糺は、雑然とした山中の部屋で驚いた声を出した。
「にじゅうなな? じゃあ、井上よりも年下か」
「そうだ、あいつは31だろう。岡本は俺よりもふたつ年上だから、29か」
「しかしあんたは岡本さんの先輩だろう?」
「おれはキャリアが長いんだ。アパレルの仕事に入ったのは16の時だからな」
「16か、そりゃ筋金入りだな」
白石の言い方に山中は笑った。
「物は言いようだな。つまり俺は、高校をドロップアウトしてすぐ働き始めたんだ。高校中退とはいえ、最初の店が“レグリス”だから
と、山中は海外ラグジュアリーブランドの名を上げた。
「よく、そんなところに入れたな」
白石が思わず言うと、山中はにやりと笑った。
「蛇の道は蛇、ゲイの道はゲイってな。当時の俺の恋人が“レグリス”の日本統括部長だったんだ。で、店舗にもぐり込ませてもらった」
ははあ、と白石は呆然とうなった。
なるほど、山中のような男が一朝一夕でできるはずがない。幼いころからの積み重ねで、今のように初対面の相手もあっさりと篭絡できるようなキャラクターになったわけだ。
山中が手ぎわよく食卓を片付けながら
「そのまま“レグリス”で働いて、仙台の支店長になったのが18歳の時だ」
「たった2年でか」
「アパレルの世界は売り上げがすべてだからな。売れる奴はどんどん上にいく」
「仙台か、遠いな」
山中は肩をすくめて
「どうってことはねえ。俺はひとりだし、服を売るには日本中どこだって変わりゃしねえ。たぶん、海外でも同じように売りまくれるぜ、俺は」
ははあ、と白石はまたうなった。もううなるよりほかにない。山中は白石が食べ終わった皿を手早く積み上げて、小さなキッチンで洗い始めた。
山中の身動きには、独特の軽快なリズムがある。天井から大音量で流れるスタンダードジャズに合わせて、山中の巨体が皿を洗ってはすすいでゆく。
山中の話は続いた。
「で、20歳の時にドリーが東京に初出店することになって、東京に戻ってきたんだ。ドリーの服がどうしようもなく好きだったからな」
とはいえ、と山中は白石の身体をじろりと見た。
「ドリーの服は俺のカラダにあわねえ。あわねえとわかっているが、好きなものは好きなんだ。ドリー自身も好きだしな」
「会ったことがあるのか」
ああ、と山中は洗い終わった食器をシンクの横に積み上げ、水を切った。
「うちの会社は世界中に支店があるが、ときどき現場の売り子をベルギーにあるドリーのスタジオで研修させるんだ。期間はそれぞれ違うんだが、デザイナーが仕事をするすぐ横で働かせてもらえる。勉強になるぜ」
「ふうん、良いシステムだな」
「まあ、売り上げのある売り子じゃねえと呼んでもらえねえがな」
「あんたは、良い売り子なわけだ」
そりゃそうだろ、と山中は笑った。
「ドリー・Dの価格設定で、俺は毎月コンスタントに1千万円近く売り上げてる。テルティエみたいな超高級ハイブランドとは違うぜ、ドリーはそこそこ良いブランドだが、テルティエやエルメスみたいなハイブランドとは価格設定がまるで違うんだ。パンツ1本が10万円程度。あの縫製、あのデザインで10万円はお買い得だが、“売り子”としちゃあワンアイテム売ってたったの10万円だ。売り上げが作りにくいんだよ」
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