ウィザードリィ・コンプレックス

アズサヨシタカ

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プロローグ 魔法使いの憧憬

魔法使いの憧憬


 七年前、朝凪あさなぎ夏輝なつきは〝魔法使い〟に出会った。


 それは木もれ日のまぶしい朝だった。

 雑木林に囲まれた大きな池の、その中央。陽光きらめく水面の上にたたずんだその人は、自信に満ちた声で呼びかけてきた。


『ボクは〝魔法使い〟なのさ』


 困っている人を見つけると魔法で助けずにはいられない、そんなおせっかいな〝魔法使い〟──。


『何やら悩んでいる様子だったからね。放っておくわけにはいかないだろう?』


 さあ、悩みを打ち明けてみるといい──と、まるでそうすることが当然にして最善なのだと断言するように、彼は告げた。


 ふざけたヤツだと思った。

 相手が幼い少女だからとバカにしているのだろうと思った。


 けれど、揺れる波紋の上にたたずむその人が、そうして見せることで、自分たちは同じなのだと示しているのがわかったから、少しだけ、警戒を解いた。


 そう、夏輝たちは特別だった。

 他の者たちとは違う。

 同じ人間であるはずなのに、それなのに、どうやら違うようだった。


 夏輝の言うことを、みんな〝わからない〟と言う。夏輝が理解しているものを、感じているものを、他のみんなは〝わからない〟と言う。


 特別な力。他の者には備わっていない力。

 その特別を共感できない者はみんな、その不審と不安のままに遠ざかっていった。気持ちが悪いと、そう露骨に嫌悪を示す者たちもいた。


 だから、その〝魔法使い〟に出会ったことは、彼女に希望を抱かせた。


 同じく特別な力を持っているという〝魔法使い〟──。

 なら、その不思議な魔法で、自分たちを助けてくれるのではないかと。


 淡い期待にはやる夏輝を見返して、水面に立つ魔法使いは笑声を上げた。


『いいかい? この世に、〝魔法〟なんて存在しないんだよ』


 どこまでも平然と、当然のごとく、その〝魔法使い〟は断言した。


『それがどんなに不思議で奇跡的に思えても、持って生まれたなら、それは全てがただの才能。才能とは可能性だ。才能はいかに用いるかであり、才能そのものに善悪などない。その力を正しいことに……たとえば誰かを助けるために使えば、誰もキミたちを嫌いはしない。嫌う道理がない。それでも嫌うというなら、嫌うヤツらが道理をわきまえていないだけなのさ』


 特別であることを受け入れて、特別のままに、正しく振る舞うべきだという。


 おかしな話だった。

〝魔法〟が存在しないなら、なぜ、この人は〝魔法使い〟なんだろう。

 矛盾している。


 でも、その示した信条の方は、不思議と共感できた。


〝魔法使い〟は軽やかに水面を蹴り、こちらに歩み寄ってきた。

 彼が軽く手をかざすと、周囲に咲いていた花の……白と赤の二輪が、まるで見えない力につみ取られ吸い寄せられるように宙を舞い、その手に収まった。


 差し出された白い花を、夏輝はおそるおそる手に取って──。


「……ありがとう……」


 そう紡いだ礼の言葉が消え入りそうに弱かったのは、不審や怯えよりも、あきれや気恥ずかしさの方が強かったから。


 なぜなら、眼前に立つ〝魔法使い〟の笑顔が、あまりに誇らしそうで、自分たちよりもよほど幼い子供のようだったからだ。


 あきれたけれど、なるほど、そういうのは確かに嫌いではなかった。


 異能を特別なものとしてみ隠すよりも、才能と受け入れてプラスに活かす。


 夏輝たちも、そんな風になれればいいと、そう思ったのだ。


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