ぼくの先にぼくがいる
静一人
第1話(完結)
今勤務している地方の小さなフォトスタジオにも3年目にしてようやく慣れてきた。来月からはアシスタントカメラマンという肩書から「アシスタント」という言葉が外れる予定だ。
3年ほど仕事をしてきた中で、こつこつ名刺を配ってはコネクションを増やしてきたことが功を奏して、最近では自分の仕事として知人経由かで、物撮りやSNSのプロフィール撮影の仕事もポツポツと入るようになってきた。
その中でも最近多いのが開業した飲食店のWeb用の外観写真やメニューの写真撮影。自分が昔からカフェ好きなせいもあってぼくの写真は食べ物の写真もふくめて評判がよく、最近は自分が行ったことのないカフェからも依頼が来るようになった。
そして仕事のかたわら自分が行ったカフェの写真をアップしているブログを運営しているのだが、これがちょっとしたきっかけでInstagram上でバズってアクセス数が伸び、ちょっとしたお小遣い稼ぎにもなっている。
そして数々の人気カフェを撮影しているうちに、ぼくも今付き合っている彼女と一緒に地方にカフェでも開きたいと思うようになり、その勉強の為にも気になったカフェは日本中どこでも足をのばして撮影させてもらうようになった。
ちなみにそのカフェブログも開始して2年目になるのだけど、ここ1年ほどでちょっと変わった出来事がおこるようになってきた。
最初は長野にある雰囲気がよいことで有名カフェに行ったときのこと。車でしか行けないようなアクセスの所なので、人気店とはいえ都内のような混雑はなく、ゆったりとした時間がながれていそうな郊外のカフェだ。
緑とウッドロッジ風の別荘に周りを囲まれた駐車場に車を停めて中に入ると、長い髪を後ろでまとめたナチュラルな雰囲気のマスターが笑顔で出迎えてくれた。
古い古民家を改装した建物で、モルタルのグレーと古材のダークブラウンで統一された内装は、とても落ち着く空間になっている。
店内にはクラシックが流れていて、テーブルの上には木漏れ日がゆらゆらしていた。
ぼくは隣のカップルの目の前にあるチーズケーキの実物を横目で確認してから、ぼくも同じものとカフェラテをセットで頼んだ。
20分ほどしてマスターがチーズケーキとカフェラテを持ってきてくれた。そのハンドメイドのチーズケーキは、横目で見るよりも更に大きく感じた。
そしてテーブルを去り際にマスターが話しかけてくれた。
「たしか先月も来てくれましたよね?その髪型で覚えてますよ」
「いえ、この店、ぼくは初めてです。前から来たかったんですがやっと来れました」
「あれ、そうでしたか?服装と髪型があまりにそっくりで、注文内容も一緒だったので。これは失礼しました」
「いえいえ、気にしないでください。世の中には似た人が3人はいるっていいますからね」
それを聞いてマスターはにっこり笑ってキッチンへ戻っていった。
ちなみにぼくは180オーバーの背丈に、長い髪をポニーテールにまとめている。そして襟無しのシャツに7分丈のテーパードのパンツというそんなにありふれてはいない背格好だった。
この時はあまり気にならなかったが、この2週間後、京都の河原町にある雰囲気のいいカフェに行った時に、やはり同じセリフを聞くことになった。
そこのカフェの女性店員も、
「似ていたのでてっきりそうかと思っちゃって....失礼しました」
と言った後、そっとカフェラテを置いて去って行った。
関西にもぼくに似た人がいるのか、と思いこの時までは深く考えなかった。
ただ一番不思議に思ったのは、つい先月ぼくの父が脳溢血で入院した時のこと。
ちょうどぼくはその日に大手広告代理店の仕事で夜通しのロケがあり、どうしても病院に行けなかったことがあった。そして徹夜のロケ明けの後、タクシーを飛ばして手術が終わった直後に病院に駆けつけた。そこで母から昨日の夜にぼくにそっくりの男を病院の駐車場で見かけ、声をかけて追いかけたにもかかわらず広い立体駐車場の奥の暗がりの中に吸い込まれるよう消えた、という話しを聞いた。このあたりから、これはちょっと変だと思い始めた。
もう一回は、ぼくの彼女が丹沢の山に友達と趣味の山登りに行った時。残念ながらぼくはロケが被ってしまい同行できなかった。
彼女が下山途中でトイレに行きたくなり、友達を先に行かせて自分はトイレに行った後、近道をしようと脇道に入ったところ彼女は帰る方角を見失ってしまった。
そのうちに陽が暮れだして小雨が降ってきたので彼女は途方にくれていると、自分が降りてきた方向の山の岩肌が出ている部分に人影が見えたので、夢中でそっちの方向を目指して、なんとか元の登山道にもどれたとか。彼女によると、その時に見えた姿形がぼくにそっくりだったというのだ。当然ぼくはその時東京で仕事中。
全ての共通点は、ぼくが行きたいと思っている所には、ぼくに似た人が先に現れているということ。似た人が世の中に何人かいるのはわかるけど、実の母親が見間違えるような似た人はそうそういない。なんでもぼくの母はぼくの爪を見ただけで自分の息子だと判別できる自信があると、常日頃から豪語しているくらいだ。
そして母の昔話によるとぼくは子供の頃からあらぬ方向をみて喜んでいたり、両親や兄弟がケガをした時に虫の知らせ的なものを感じたり、よく不思議なことを言い出す子だったそうだ。
高校生くらいになってからはそういう類のことはなくなったらしいけど、離れた肉親の体調に何かあるとなぜかわかったり、不思議なものを見たりすることはおそらく普通の人より格段に多い。
その2つの出来事以来、きっとぼくは自分のドッペルゲンガーのようなものを、自分の行きたい場所に無意識に飛ばしてしまっているのではないか、と想像している。
それはぼくにとっては決して怖いとか、超常現象的なものではない。それはきっと「虫の知らせ」と表現されるものと似たような、昔の人間が持っていた能力の延長にあるものなんじゃないか、とさえ思った。
ぼくが世界のどこかに思いを馳せると、もう一人のぼくがそこを自由に闊歩している。
近頃はそんなことを妄想しながら、今日の夜も次の訪問先をネット上で探している。
ぼくの先にぼくがいる 静一人 @shizukahitori
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